第5話
夏の猛暑から逃れる様に、山合にある川の側で涼を涼みに訪れた。
喧騒から離れた場所に参加者は開放感に満たされ、天気も快晴で楽しむには十分だった。
此処に来るまでに二人の間は多少のぎこちなさがあったものの、現地に着いてしまえば何事も無かった様に自然と接していた。
参加者の殆どは見知った顔ではあるが、普段から特別親交してない分、割りと気負いせずに過ごせていた。
その為なのか、男女別に固まって談話したり、調理しながら交流を深めたり、川に入って遊んでたりと始終気ままで在った。
ところが夕方に近付くにつれ風が出始め、その後急な大雨による川の増水と共に流れが速まり出した。
本当に一瞬の出来事だったと、彼は云う。
その時運悪く川で遊泳していた彼と彼女は岸から離れた所からの事象だった為に対処に遅れ、彼はすぐ傍の岸壁に辛うじて掴まったが、彼女は深淵に脚を引きずり込まれたのか、空を掴む手を最期に姿を消したらしい。
その後、彼は中洲に取り残された仲間達と共に救出されそのまま病院に搬送された。
そして彼女の方は翌日、下流途中の岩場で発見されたそうだ。
当時、夫は事故が起こって間も無かった所為もあるのか暫くは精神的に不安定な状態では在ったものの、話を打ち明けてから少しずつ快方に向かっていた。
そしてその後、お互い大学を無事に卒業し社会に出て彼との平穏な交際を経て結婚した私は、今現在住んでいるマンションの一室へと新居を移していた。
そして今、私は想うのだ。
彼は…夫は私と結婚して幸せなのだろうか、と。
居間にある片隅を眺め、揺らめく彼らにふと思い出す。
「そう言えば、あなたに話してなかったわ」
直ぐ隣りの台所で缶ビールを飲みながら“何?”と返事をする夫に私は告げる。
「あの時の助かった子と新しい子なのよ」
私達は自然とあの片隅の住人の方を見合わせていた。
「駄目かと思ったんだけど、生きてたのよ。だから…淋しくない様にね」
背後から夫に抱き締められた時、何故か一縷の滴りが頬を掠め落ちた。
普遍の事象を気に留める意識は泣く。
一抹の風鈴の音と共に。
「…沙也香」
そんなとある、夏の憂鬱。
《完》
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