第3話

あの日の出来事から数日は特に変わった様子は無かったと思う。


けれど流石に居ないことに気付いたのか、セワしく動き回る行動が目につく様になっていた。


ああ、きっともう片割れの子を探しているのだ。


壁に当たってはまた反対方向に水面から底に向けて螺旋を描く。


底から水面にも同じく螺旋を描いた。 


それを日に何度も、何度も。


少なくとも見かける度にこの情景が私の記憶の片隅に残っていた。


その様子を知る母も居たたまれなくなり、新しい伴侶を迎え入れようとした矢先の出来事だった。


その日は家には誰も居らず、先に出先から戻って来たのは私だけで在った。


家に入り喉を潤すとそのまま居間で倒れこんだ私は、テーブルに置いた紙袋を手繰り寄せ、新しく仕入れた本を見開いた。


けれど少しもしない間に部屋を通り抜ける初夏の風に眠気を誘われた私は、本を手放し瞼を閉じてしまっていた。


午後の一時ヒトトキ微睡マドロみながら怠惰に寝返りを打った先は、庭に佇むあの水瓶。


気怠くなった身体を起こし、クダンの主に歩みを進め近付いたーーーと云う訳である。


続けて起きた事の一連に、不覚にも当時の私は感傷よりも泡沫ウタカタな顛末に、ある種の優越を感じていた。


ある部屋の一角を見つめて。



その頃、当時付き合っていた夫と交際中の出来事でもあり、この事を彼に話した覚えが在った。


夫は過去を…過ぎ去った事に執着する性格の人間ではない為か、聞いた後も左程気にせず普段通りで在ったと記憶している。


只、心無しかその時彼の表情からは苦悶を滲ませている様に見てとれた。


珍しく気になった私は彼に尋ねようと声をかけたが、軽くあしらわれただけだった。


けれどそれも束の間、その理由を私はこのノチ知ることになる。



例の話をしてから間もなく、彼の口から以前ある女性との過去に在った事実を聞くことになった。


二人はそれぞれ違う大学に通う学生で、同じ学部を通じた同好会で知り合った。


偶然お互いの学部での研究を報告する機会が在り、その時に居合わせた内の一人が彼女“サヤカ”だった。


会は月一、二ヶ月に一度程。


研究とは言っても、他大学を通して互いに内容を知る機会を設けたに過ぎないものだった。


彼女とは会合以外でも会う様になっており、何時しか個人的なものに変化し始め、好意を寄せるまでそう時間を必要としなくなっていた。


普段面には出さずとも彼女の前では照れ臭そうにしている姿を、仲間内には見てとれたと云う。


彼女の方も関わっていく中で自然と彼を意識する様になり、間を置かず付き合う事になった。

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