第3話 地球人
地球人登録とは、実は、二重国籍や複数国への帰化の問題でもなければ、ましてや永住権の問題でもなかった。なんと、人から国と言うアイデンティティをすっかり取り払ってしまおうということであった。国という属性は、本人の意思とは関係なく、ナショナリズムを内包しているものだ。国民であることは、その国の憲法を遵守し、法治国家であるが故の法律的規制の中で生きて行かねばならないが、地球人の基本となる考え方は、人と土地や社会を切り離し、国民と言う概念を失くした人の存在を認めることだった。ただ、企業や法人には地球と言う場は選択できないようだった。
特定の国籍を持たない人なので、どの国に住んでいても、その国の法律に従う必要はない。兵役も無ければ、税金も特定の国に払うと言う義務も無い。もちろん、誰でも理解できることだが、どの国も、憲法をはじめとする自国の法律や義務を守らない人をタダで住まわせておく訳にはいかないし、社会保障を適用することもできない。そこをどうするのかということが最大の課題である。国連に属する各国の思惑が異なる上、国によって思想や宗教の縛りがあるので、纏まらないのが現実であるが、2055年、国連内に国際政策情報センターなるものができて、あのILMAIの運用が始まると、このシステムがみるみるうちに、地球人用の世界共通の法律部分と各国ごとの居住者用の調整法を完成させてしまい、一気に地球人登録の現実味が増してきた。
居住国を先ず選択する。そうすると、そこに住んでいる間は、その居住地の環境を享受し、負荷をかけることになるので、エネルギー・資源代、環境代、土地代、インフラ利用代等様々な利用料を税金の代わりに支払ことになる。それは、実質的な損益が見えるものだけではなく、国内の人間関係によって生じる些細なストレス負荷まで計算される。利用料金は国によって異なるが、それは全負荷をILMAIが計算して、国毎・個人毎に地球人申請登録事務所が居住国利用料として徴収し、国際地球人連合の運営費と国連支援費が差っ引かれた残りが各国に利用料収入として入る仕組みだ。地球人登録しない人は、居住国籍において今まで通り国内法が適用される。
地球人としてアメリカ合衆国に3ヵ月、日本国に9か月住む場合だと、アメリカ合衆国に3か月分、日本国に9か月分の利用料を支払う。長年それぞれの国民として暮らしている場合は、それまでに支払った税金は社会還元・分配されるが、利用料はその期間分だけになるので不公平が生じる。当然、税金よりは相当多く支払うことになるが、これも調整される。そして、原則としてどちらの国の政策にも関わることはできない。地球人は根なし草なのである。多様に用意された国の経済的、法律的、文化的、政治的価値を吟味して、長期ステイの観光を楽しむみたいな感じだ。
しかし、この登録で重要な点は、この利用料金が高額であることよりも、各国毎に地球人用の法律が整備されているということだ。AIだからこそ実現したもので、世界の国々の独自の法律が変わると、それに伴って、国別の地球人用の法律もリアルタイムで微妙に書き換わっていくということだ。地球人用の日本国法と日本国民用の日本国法はほぼ似通ってはいるがいくつかの点では異なり、ダブルの法律が一国で施行されるということになる。
居住国に暮らしている間は、スマホで毎月のように更新されていく法律を確認しておかなければならない。日本国民用の法律が主たる法律となり、これは日本国の立法府によって制定され、地球人用の日本国法はAIによる調整法である。また、AIは単純に二国間だけの調整をする訳では無い。日本とは関係の薄い国であっても、その国の一か所の法律に変化があると、全世界の国との法律調整をして、すべての国が同じ価値を維持できるようにするので、いつなんどき、何処が書き換わるか定かでない。バタフライエフェクトみたいな問題なので、日によって論理破綻を起こすような学者や利己的な不正が働く政治家の不確かな議論調整には頼れない。AIだからこそできる技なのである。
地球人法の加盟国には専制主義や共産主義の国もあれば民主主義の国もあるが、これらの国も自分たちの国のアイデンティティと独立性を、武力も含めて維持しつつ、経済的、文化的孤立を避けることが出来そうな自国の地球人法を制定してくれるので、各国政府はILMAI運用にゴーサインを出したと言うことではないだろうか。西東、南北問題ともに満足するおおよそのバランスをとる平和的な方法だと人類は考えた。
さらに、ILMAIの調整判断の基礎となる入力情報は各国から出されたデータとなるが、これらの操作によって、自国に優位な裁定を導き出すこともできるため、国家情報管理は国際連盟情報査定機関によって審査され、全加盟国の三分の二以上の批准と安全保障理事会常任理事国全ての批准または、全加盟国の80%以上と安全保障理事会常任理事国の80%以上の批准がテータ採用の条件となる。これは88条約と呼ばれている。
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