第2話 授けの日

 授けの日の朝。

 ナインは冷たい井戸の水で身体を拭くと、真新しい服に身を包み、硬いパンを水で流し込んだ。

 少し肌寒いけど、火を起こしてお湯を沸かす時間が惜しい。


「あ~、緊張するなぁ。食べ物がのどを通らないよ」


 食べたけど。

 どんな時でも食事は大事だ。

 儀式の最中にお腹を鳴らしては、神様の怒りを買うかもしれない。

 準備万端で臨まないと、稼げる『スキル』がもらえないかもしれない。不安なのである。


 いつもより上等な布の服は、ぴったりだ。これから身体もずんずん大きくなるから、それを見越してのことだろう。

 あちこちに余分な布が縫い込んであるが、着心地はよく違和感はない。


 青みがかった黒髪を水で濡らして寝癖を直すと、鏡の中の自分を見つめる。

 夜明け前の蒼色の瞳が期待にキラキラと輝いて見えた。


 ワクワクするのも当然だ。

 待ちに待った日がついに来たんだ。

 小躍りしたいのをグッと我慢して、そっと玄関のドアを開いた。


「いってきまーす……」


 夜明けまで服を縫っていた母親を起こさないように、こっそりと家を出る。

 いつもお寝坊さんな妹もぐっすり夢の中だ。


 まだ神殿が開くには早い時間だけど、待ちきれなくて弾む足取りで歩き出した。

 同じ春生まれの友だちとの待ち合わせ場所に向かう。

 遠目にずんぐりむっくりの背中が見えてきた。

 駆け寄ると、振り返って片手を上げた相手と、なぜかうなずきあう。ワクワクで胸がパンパン。

 緑色の瞳を自分と同じように輝かせている彼は、友だちのオグルだ。


「おはよう、ナインは早いなぁ」

「そっちこそ。オグルは真っ先に知りたがってるから、もうきてると思ったけどね」

「おぅよ、親父が寝てる前に出てきたぜ」

「あんなについてきたがってたのに?」

「前夜祭だとかで飲み過ぎたんだぜ。ま、恥ずかしいから来なくていいけどな」

「うん、なんか落ち着かないよね」


 そんなやりとりをしていると、もう一人の友だちがよたよたと走り寄ってきた。

 ひょろひょろ縦に長い猫背のティントは、緊張からか青い瞳のまばたきが5割増だ。

 いつもはぼさぼさのオグルの茶髪も、絡みがちのティントの金髪も、今日はビシッと決めている。

 2人の服も一張羅っぽい。

 靴は3人とも普段のボロいのだけど、気持ちはビシッと締めているからだいじょうぶだ。

 なにかわからないけど、だいじょうぶだ、うん。


「待ったかな~。みんな早いよね~」

「いいや、そんなに待ってないぜ。んじゃ、行くか」

「うん。のんびり歩いたらちょうどいいかもね」


 ゆったりと歩きながら、神殿へと向かう。

 だんだんと人が増えてきて、家族連れもけっこういる。

 3人は自分たちだけと思うと、ちょっと大人になった気分になれて、なんとなく胸を張るように歩いた。


「オレは親父が鍛冶やってるから、同じ『スキル』がいいな~と思うけど、どう思う?」

「父親が師匠だときびしくないかな? 家でも工房でもずっと一緒だろ?」

「そうだね~。うちはお父さんが料理人だけど、ボクは味オンチだから違うのがいいな~。ナインは稼げるのだっけ~」

「うん、お金がいっぱい稼げるのがいい!」

「ハッキリしているような、よくわからないような、どんな『スキル』なんだよ」

「自分でもよくわからない。アハハ」


 そんなやりとりをしているうちに、いよいよ開いた門を通って神殿内に足を踏み入れた。

 採光の窓で明るい室内は、広場のように広くて圧巻だ。

 儀式を受ける親子連れで、熱気と活気でウキウキとした空気を感じる。

 わ~!と歓声が上がる前の方へと3人は急いだ。


 人垣の向こうにある正面の壁には『スキル』を授ける神のレリーフが存在を主張している。

 向かって左が女性、右が男性の姿で向かい合わせになり、半身を壁から突き出して片手を伸ばし合って今にも触れそうだ。

 驚くことに手の平だけでも、ナインが座れそうなくらい大きい。

 初めて神殿に来た3人は、その精巧さと大きさに「ほえ~」と見とれた。


『スキル』の神は、右半身が女神で左半身が男神で、同時に2つの顔を見られないとされている。

 そのため、一体化した立像はなく、どの神殿でも壁に半身が埋まった姿のレリーフしかない。


 左側の女神カナエは、直毛の髪をたなびかせて凛とした瞳で男神の方を向き、右手を伸ばしている。

 右側の男神タガルは、ふわりとした短い巻き毛で女神を包み込むような瞳で見つめ、左手を伸ばしている。

 どちらも相手を求めるかのように身体を倒していて、上半身だけの姿だ。

 全身を壁におさめようとすれば、この広さの何倍もいるに違いない。


 その神の手の向こうには、大神官が壁を背に高い台に大きな本を置いて、子どもに『スキル』の説明をしているようだ。


 ちょうど今『助産』のスキルを授かった少女に、大神官が本のページをめくって「お産婆さんの才があります」と告げている。

 その様子に、3人の気分は天高く一気に舞い上がった。


「あんな風に説明してくれるんだね」

「うわ~、緊張するよ~。足が震える~」

「早く並ぼうぜ!早く早く!」


 オグルに引っ張られて列に並ぶナインとティント。

 待っている間も、ほかの子たちが『スキル』を授かる様子を指さして、はしゃいでは口を押さえるを繰り返す始末。

 追い出されないかヒヤヒヤしつつも、興奮がおさえきれないのだ。

 子どもだもの。仕方がない。


 人数は多いものの、列はさくさくと進み、とうとう3人の番が回ってきた。

 大神官に手招きをされて、先頭にいたオグルが一段高い壇上へと向かう。

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