よくわからない『スキル』で豊かなスローライフを目指します!

天波由々

第1話 『スキル』のある日常

 辺境都市ファルアンディア。

 春先の暖かい風が狭い路地を通り抜ける夕暮れ。

 ツギハギの服をまとった小柄な少年が、たったかたったか家路を急いでいると、角の家の窓から聞き慣れた声がかかった。


「ナイン、今朝はありがとう!これ、持っていきな!」


 近所のおばさんが放り投げた果物を器用に受け取ると、少年は顔をほころばせた。


「ありがとう! クイナが喜ぶよ!」


 表情が乏しい妹は、美味しいものにだけは満面の笑顔を見せてくれる。

 それが楽しみで、ナインの足は一層軽くなった。

 御用聞きで馴染みの顔見知りは、ナインの働きぶりを高く評価してくれて、時々お駄賃のほかにこうしておやつをくれるのだ。


 このあたりの10歳未満の子どもは家業や家の手伝いをしたり、近所を回ってお使いやちょっとした家の修繕やドブさらいなどでお小遣いを稼いでいる。

 そうして労働の大切さを学ぶのだが、ナインの家の事情としては小遣いというより生活するための立派な稼ぎだ。

 ナインがお金を入れることで、ようやく食べられている厳しい状況なのである。


『裁縫』のスキル持ちの母親は、雇い主も認める腕の良さで仕事をこなすが、賃金で子ども2人を養うには充分とは言えない。

 食べることが大好きな妹にお腹いっぱい食べさせてやりたくて、ナインはほぼ毎日街中を走り回っているが、悲壮感はまったくない。

 家の手伝い以外にやることもないし、身体を鍛えるのにちょうどいい、と楽しんですらいる。


 もっかの悩みは、もうちょっと身長が欲しい、くらいだ。

 いや、今は妹の笑顔が最優先なのだから、身長はいずれ伸びることに期待している。


「ただいまー! クイナー、おやつあるぞー!」


 古い家のドアを開けると、妹がにこりんぱの笑顔で振り返った。

 今日も妹の笑顔が可愛い。

 この笑顔で、ナインの一日の疲れも山の向こうまでぶっ飛んだ。

 癒し効果抜群である。




 しんと静まる夜更けの居間。

 おやつと夕食でお腹を満たした妹が寝付くと、ろうそくの灯りに浮かぶのは裁縫をする母親と、それを眺めるナインの2人だけ。

 見づらくて目が疲れるだろうに、真新しい布をすいすいと縫う母親は楽しげだ。

 放っておくと夜明けまで作業してそうな様子に、いつ寝かしつけようかと気を揉むナイン。


「行って帰ってくるだけなんだから、この服でもいいと思うんだけどなぁ」

「ダメよ。神殿に行くには、ちゃんとした格好をしないと。それにその服も、ちょっと小さくなってきてるでしょう」

「まだ着れるよ。新しい服を着ていくほうが恥ずかしいというか、なんというか……」

「友だちもきっと下ろしたての服を着てくるわよ。明後日には間に合うからだいじょうぶよ」


 明日も仕事だから母親には無理をしてほしくないと思う反面、ナインは新しい服も楽しみにしている。

 休んでほしいけど、早く着てみたいジレンマに悶える夜。明後日の神殿行きを思うと、ワクワクで眠れそうにない。

 多分、横になった瞬間に爆睡するけど。


(神殿で『スキル』を得るってどんな感じなんだろう)


 誰もが10歳になると『スキル』を授かるが、体験は人それぞれらしい。

 ビビビッときた、とか、じんわり降りてきた、とか、いつの間にか知ってた、などなど、千差万別という。

 なにを授かるかわからない一生に一度のドキドキ体験だから、数日前から眠れなくなる子どもがたくさんいるらしい。さもありなん。

 ナインは眠るけど。寝る子は育つらしいし、背を伸ばしたいし、睡眠は大事だ。


『スキル』授けの日は、年に4回ある。

 春夏秋冬、それぞれ誕生日の季節のひと月目の1日に近くの神殿に行くことになっている。

 寄進は自由だが、無料でもわけへだてなく授けられるのは、『スキル』が生きていくのに必須な能力で、神からの愛とされているからだ。

『スキル』に合った仕事を選ぶことで生活が豊かになると信じられている。


 ナインが7歳の時に大地に還った父親は、『罠使い』という『スキル』を持っていた。

『狩人』や『解体』の『スキル』持ち仲間と森に入って獲物を獲って売ることで、けっこう稼いでいたようだ。

 その頃は、母親が家事と子育てだけしていたのを覚えている。

 母親が縫い物を始めたのも、ナインが御用聞きで走り回るようになったのも、3年前からだ。


(できれば稼げる『スキル』が欲しいなぁ。『商人』とかお金を持ってそうだけど、難しいかな。『剣士』とか『魔術師』とかなら、魔物の巣穴に行ったりして稼げそうだけど、ちょっと恐いかな。ケガしたり死にたくないし、安全に稼げる仕事がいいな。う~ん、それってなんだろう?)


 父親が生きていればこういう話もしたかったな、と思いながら、ナインはあくびを噛みしめた。


(母さん、もうそろそろ寝てくんないかなぁ……ぐぅ)

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