第6話
夜会当日。
私は両親と一緒に馬車に乗りこみ、ブラッドバーン家へ向かった。
壮麗な公爵家へ着いて早々、人の多さに驚いた。
とても広いはずのホールは着飾った人々で溢れかえっている。
天井のシャンデリアには煌々と明かりが灯され、美しい壁に、いくつもの楽しげな影が踊る。
すでにダンスが始まっていた。
私は壁際を歩きながら、華やかな中央の舞台で踊る男女の中に、ライオネル様とコートニー様の姿を捜した。
今夜、間違いなく、二人は一緒に踊っているだろうから。
歩きながらも、周囲の人たちの噂話が耳に入る。
「とうとう今日が婚約発表ですわね。メイスン卿はさぞ鼻が高いでしょう」
「いやいやどうして、ブラッドバーン公にとっても利のある話ですからな。なにしろメイスン家は金鉱を所有していて……」
キリリと突き刺されるように胸が痛む。
私はふるりと首を振った。
もう決めたでしょう?
扇の下に隠した贈り物をライオネル様に渡して、婚約おめでとうと言ったら、それでおしまい。
顔を上げて彼を捜す。
見つけたのは、招待客がくるくると舞い踊るホールの中央ではなく、隅の方だった。
人が集まる一角の中に、ひょこっと背の高い、金色の短髪。
隣にはコートニー様の姿もある。
あそこへ行き、衆人環視の中で口下手な私が彼に話しかけると思うと、とたんに怖気づきそうになった。
けれど、自分を叱咤して足を進める。
大丈夫。
何度も頭の中で練習はしてある。
きっと言える。
ライオネル様のいる集団に近づいて行くと。
違和感があった。
彼の近くにいる使用人の挙動がおかしい。
怪しい目つきでライオネル様の様子をうかがっている。
しかも、左腕のトーションの下に、何か細長く硬いものを隠しているようだった……たとえば、短剣のようなものを。
だけど、黒獅子騎士団長であるライオネル様はとっくにそれに気がついているようだった。
その使用人を警戒しながら、さりげなく、コートニー様を自分の反対側へと移動させる。
私はほっと胸をなでおろした。
けれども。
私は見てしまった。
怪しい使用人とは別に、もう一人、ライオネル様の後方でごく自然にグラスにワインを注いでいる使用人が。
上着の下に、隠し武器を忍ばせているのを。
あ。
これ、スパイ小説でよくあるやつだわ。
怪しい方に注意を引きつけておいて、その隙にもう一人が襲いかかるっていう……。
そう思った矢先、一人目の怪しい使用人が動いた。
トーションの下の短剣でいきなり斬りかかる。
だが予期していたライオネル様は長い足で凶器を蹴り上げ、ターンして相手の顔面に肘を入れた。
ほれぼれするほど鮮やかな動きだ。
鼻を潰された男は、どさりと崩れ落ちた。
だがその間に、背後でもう一人の使用人が短剣をすらりと抜いていた。
ライオネル様は気づかない。
このままでは刺されてしまう!
迷う暇もなく、私は大声で叫んだ。
「ライオネル様、うしろっ!!」
同時に、私は持っていた贈り物と扇をブンッ、と敵に投げつけた。
ライオネル様がこちらを見る。
目が合った。
一秒にも満たない短い時間だったけれど、それはなぜか、永遠のように長く感じられた。
いきなり物を投げられた使用人は、ほんのわずかに怯んだだけだった。
だが騎士団長にはそれで十分だったようだ。
振り向きざまに殴りつけられ、使用人はすごい音を立てながら、グラスや皿やテーブルごと遠くまで吹っ飛んだ。
なんて破壊力だ。
私は、黒獅子騎士団長の強さの一端を、ちらりと垣間見た気がした。
夜会に参加していた騎士団員たちが、素早く駆けつける。
たちまち二人の使用人は取りおさえられた。
会場は騒然となった。
「もういやっ、怖い! これ以上こんなところにいたくありませんわっ! わたくし、帰ります!」
襲撃者たちのすぐそばにいたコートニー様はショックを受けたようで、半泣きでそう叫び、宣言通り帰ってしまった。
「参加者のみなさん、大変申し訳ありませんが、本日の夜会は中止といたします。どうぞお気をつけてお帰りください」
会場の中心から、堂々とした美声が響き渡った。
騒がしい会場が、その声で静まっていく。
それにしても、なんだか聞き覚えのある声だわと思い、その声の主を捜すと――
「……えっ!?」
なんと、あの庭師のおじさんだった!
なぜか貴族らしき立派な服を身に纏っている!
え? え? 夜会の中止を宣言しているのだから、主催者ということよね?
今夜の主催者はもちろん公爵閣下のはずで…………。
ええええ?
呆然とする私に、ライオネル様が近づいてきた。
「エレシア嬢」
「ラ、ライオネル様…………あの、お怪我は」
「無事だ。君のとっさの行動のおかげで助かった。勇気ある行為に心から感謝する」
私のおかげで助かった……?
立派な騎士団長様から私が感謝されるなんてありえないような出来事だけど、役に立てたのなら本当によかった。
彼の笑顔を見ると、強烈な安堵と、遅れてやってきた恐怖を感じ、体中の力が抜けそうになった。
「よかった……ご無事で本当によかったです」
ライオネル様が、ぽん、と私の頭に手を乗せた。
大きくて温かな手が、安心させるように私をなでる。
とたんに顔に血が集まった。
……こんなことをしたら、婚約者でもないのに、他の人に誤解されてしまうのではないかしら?
でも招待客は皆、こちらに背を向けて帰っていくところだった。
私の両親の姿は見えないが、臆病で慎重派の私はすでに会場から出ていると思いこみ、外へ向かっているに違いない。
ライオネル様は真面目な顔をして言った。
「怖い思いをさせてすまなかった。最近、黒獅子騎士団を狙った反体制派の動きが活発化しているんだ。夏にカントリーハウスから先に帰ったのもそれに早急に対応する必要があったからだし、王都の巡回を強化しているのもそのためだ」
「……そうだったのですか……」
「ああ。だが実行犯を捕らえたから、首謀者を吐かせるのは時間の問題だろう。君のお手柄だよ」
「い、いえ、とんでもございません……!」
私は両手をぶんぶん振った。
それから、はっと思い出した。
今日ここへ来たのは、お祝いを渡して、彼とお別れするためだった、と。
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