第2話
長身で堂々とした体躯に、爽やかな金色の短髪。
海のように澄んだ
ほれぼれするほど整った顔立ちは、間近で見ると、現実の人間とは思えないほど格好いい。
「あ、え? え? あの…………」
私はたちまち赤くなり、口ごもった。
口下手な私が、この美形の男性に一瞬でこの状況を順序だてて説明することなど、到底不可能だ。
相手が不意打ちで登場し、けげんな顔でこちらを見ているのだから、なおさら何も言えなくなってしまう。
彼は少し困った顔をした。
「いや……すまない。怒っているわけではないんだ。ただ、どうしてかと気になって……」
「……あの……申し訳ありません……」
「だから、君があやまる必要は……どうも口下手で困るな。すまない……」
「い、いえ、こちらこそすみません……」
なぜか騎士団長とあやまり合っている。
……ライオネル様も口下手?
それなら、私と同じだわ。
そう思うとずいぶん気が軽くなって、私はたどたどしくも状況を説明した。
「さ、さっき、ここに、庭師の方がいて……その……腰を痛めているようでしたので、わ、私が代わりに水をあげておくと、申し出たのです」
言えた!
これならわかってもらえただろう。
「なるほど……それでご令嬢なのに水やりをしていたというわけか」
「はい」
騎士団長はなぜか難しい顔をして、あごに手を当てている。
何か、まずかったかしら……?
逮捕とか、されないわよね……?
はらはらしながら見守っていると、彼は顔を上げた。
「ああ、紹介が遅れて失礼した。俺はライオネル・ブラッドバーン。黒獅子騎士団の団長をしている」
知ってます!
とは言えずにうなずき、こちらも自己紹介をした。
「わ、私は、エレシア・クロックフォードと申します」
「エレシア嬢というのか。クロックフォード卿は、たしか、アサートン卿のご友人だったかな」
「はい。父とアサートン卿は、大学の学友だったそうで……同じ文学部で、ブライトンの詩を研究していたそうです」
「ブライトン?」
彼が興味深そうに聞きかえしてきたので、私はつい調子に乗ってしまった。
「はい。月と湖を賛美した詩で有名なロマン派の詩人で、桂冠詩人でもあります」
「えっ? ……ああ、詩人か」
おかしそうにクスッと笑われてしまい、私はふたたび赤面した。
ああ、またやってしまった……。
口下手なくせに、知っている知識は披露せずにいられないのだ。
今までこれでさんざん失敗して、私の話になど誰も興味がないと知っているはずだったのに、よりによって騎士団長を相手に……。
けれども彼は、弁解するように言った。
「……すまない。詩人を馬鹿にして笑ったわけじゃないんだ。ただ、黒獅子騎士団の初代団長にもブライトンという有名な人がいてね。まさか、あのいかつい団長が月と湖の詩を書いていたのかと勘違いして……」
「あっ……その方、知ってます! 『白髭のブライトン閣下』ですね!」
しょうこりもなく、私は声を弾ませた。
黒獅子騎士団の伝説の団長。
ブライトン団長の伝記を読んだことがあるから、巻頭に載っていた肖像画もよく憶えている。
とても立派な白い口髭を生やした、目つきの鋭い、本当にいかめしい人だ。
あのブライトン団長が、夜な夜なロマン派の詩を書いていたら……などと考えるだけで、私も笑いがこみあげてきた。
別に騎士団長が詩を書いていたって、ちっとも構わないのだが。
ライオネル様も、くしゃっと笑った。
「ああ、その閣下だ。君は騎士団の歴史にも詳しいのかな?」
「あ、いえ……それほどでも……ただ、王国にある四つの騎士団の歴史書と団長たちの伝記は、全部読んだというだけです」
「っすごいな! 騎士団員ですら一冊も読んでないと思うぞ」
今度は彼は目を丸くした。
ころころと表情が変わる。
思ったよりも親しみやすい人だ。
「い、いえ……私なんて、家で本を読んでいるばかりなので……実際に剣を振り、誰かを守る騎士様たちのほうが、ずっとすごいです」
「そうかな? ……そう言ってもらえるとうれしいな」
ライオネル様がほほえむ。
なんだかここには、ゆったりと居心地のいい時間が流れているように感じる。
私は不思議に思った。
他人と一緒にいると極度に緊張してしまい、うまく話せなくなる口下手の私が、なぜ女性に一番人気の騎士団長様と楽しくおしゃべりできているのだろう?
けれど、ライオネル様も似たような状況だったようだ。
「俺は男兄弟しかいないし、士官学校では剣ばかり振っていたから、女性と話すのは苦手なんだ。だがたまには社交もしろと、今回は父上に無理矢理つれてこられてしまって……正直に言うと、女性たちから逃げるために庭へ出て来たんだ」
「まあ」
こんなに強そうな騎士団長が女性から逃げてきたなんて……と、私は笑みをこぼした。
「あ、でもそれなら、私がここにいたらお邪魔だったでしょうか? 私も社交が苦手なので、ここへ本を読みに来たのですが……」
「君も? 意外だな」
ライオネル様がひゅっと眉を上げる。
私は赤くなり、しどろもどろに説明した。
「く、口下手なので……」
「そうか」
彼はそれ以上は詮索せず、優しく言った。
「それなら、邪魔をして悪かった。俺はしばらくその辺を歩いてから屋敷に戻るから、君は気にせず読書をしてくれ」
「あ……はい…………」
ライオネル様と別れ、当初の目的通り、イチイの木の下のベンチに座って本を開く。
だけど庭園の向こう側を歩く彼が気になって、ずっと目の端で追ってしまい、とても文章に集中するどころではなかった。
しばらくして館に戻ると、やはり、ライオネル様は女性たちに取り囲まれていた。
「ライオネル様、明日は皆でキツネ狩りをするのですって。楽しみですわね」
コートニー様はすでに婚約者になったかのように堂々と彼の横をキープし、明るく話しかけていた。
私もあんな風に大勢の前で軽やかに話せたら……と、うらやましさで一杯になる。
周りにいる他の令嬢達も負けず劣らず、若くて華やかな女性たちばかりだ。
それを見ると気が引けて、私はそばに近づくことさえできなかった。
だが晩餐のテーブルで、離れた席に座るライオネル様と私は、一瞬だけ目が合った。
そのとき、手の届かない一等星のような彼が、地上の石ころのような私にほほえみかけてくれた……ような気がした。
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