道具屋は世界を救う

ペンのひと.

道具屋は世界を救う

 道具屋のオバちゃんと言えば、この村ではオバーリエのことである。


 商店街の一角で、つねに客足の絶えない小さな道具屋。

 その店を一人で切り盛りする陽気なおかみの名こそ、オバーリエ。


 オバーリエの店は村人に大人気だが、その理由はなんと言っても彼女の気立ての良さにある。

 お客がやって来ると、「あら、いらっしゃい!」とカウンター越しに呼びかけて、オバーリエは相手の話を熱心に聞く。


 困りごとの相談なら親身になってウンウンと眉根を寄せうなづき、お祝い品や贈り物の依頼なら我がことのようにウキウキわくわくとした身ぶりで相づちを打つ。

 その度に、彼女のぽてっとした丸顔の上で白髪まじりのお団子が揺れる。

 

「まあ、それは大変。なんでもっと早くうちへ来なかったの⁉ さあ、すりたてのよく効く薬草があるから、持って帰って日に三度、かゆみのあるところにしっかり塗るのよ。え、お代? そんなの治ってからでいいの」

「やだステキ! そりゃあ新米の戦士様にプレゼントするなら、首掛けのお守りで決まりよ。台座の裏に名入れしましょう。もちろんお嬢さん、あなたとその愛しい戦士様の名前を、ね。ああ、恋って本当に素晴らしいわねえ……」


 辺境のこの村で、オバーリエの道具屋はいつもにぎやかだ。



        ♢



 そんなある日の、そのまた夜ふけ。

 三軒となりの宿屋の主人が、困り顔でオバーリエを訪ねてきた。

 あたりでこんな時間に店を開けているのは、宿屋か人のいい道具屋くらいのものである。

 

「今夜入った泊り客なんだがね、どうも訳アリみたいなんだ」

 宿屋の主人トムは、オバーリエの注いだグラスの水を飲んでこう続けた。

「ローブを頭までかぶった男女二人連れで、ありゃどう見ても駆け落ちの若夫婦かなんかだよ。どっから逃げてきたんだか……まったく」


 ため息を吐くトムの渋面に、キャンドルの灯でしわが浮きたつ。

 オバーリエとトムは幼馴染だ。二人とも、ずっと村で生きてきた。

 おたがいに年を取ったわね、トム。

 胸の内、オバーリエは愛情を込めてそうささやく。

 

 道具屋のおかみに負けず劣らず、宿屋のこの主人は面倒見がいい。

 どんなにやっかいそうな泊り客でも、よほどのことがないかぎり彼はお客を詰所のけいに売り渡したりはしない。

 なんであれ、わざわざ泊まりに来てくれた人たちだから。

 基本的に、トムはそう考えているのだ。


「あの二人がうちへ泊まるのはいいさ。ただな、女のほうはどうも体の具合が悪いらしいんだ。雲隠れ中の身とあっちゃ、教会を頼るわけにもいかないんだろう。すまないが、助けてやってくれないか、オバーリエ?」



 ――宿屋の部屋を訪れると、ベッドの上で苦しげにうなされる若い娘の姿があった。

 すぐそばでは、同じ年頃の青年が床に膝をつき、もどかしそうに連れ合いの手を取っている。二人とも見すぼらしい流れ者の身なりをしている。

 

 オバーリエはそんな泊り客たちに微笑みかけると、すぐに娘のほうの介抱に取りかかった。

 その娘はぐっしょりと汗をかいており、首すじは冷たく、しかし胸のあたりは焼けるように熱かった。おそらく沼地を抜けてこの村へ着くまでに、毒にかかってしまったのだろう。


「かわいそうに、こんなになるまでよく我慢したわね。でもほら、もう大丈夫よ」

 

 若い娘を励ましつつ、自分の店から持ってきた道具をひろげ、オバーリエは迷わず薬草の調合をはじめる。


 ある程度予想はしていたが、思っていた以上に毒が深く回っているようだ。

 朝摘みの薬草を余分にとっておいてよかった。

 沼地の毒はクセが強く、地産の新鮮な薬草でないとまず消せないのだ。

 手早く調合を終え、娘の口へ薬汁をふくませる。


「そう、あと一口、……はいおしまい。本当によく頑張ったわ。これで明日の朝にはすっかり元通りよ」



        ♢



 長く道具屋をしていると、いろんなことがあるものだわね――。


 夜ふけの騒動から数日後、オバーリエは自分の店のカウンターで目を細めた。

 彼女の手には今、王家の封蝋を解かれた一通の手紙がある。


 それは遠国の王太子夫妻から、ほかならぬオバーリエに宛てられた謝辞。

 忘れもせぬあの夜、貴女の介抱がなければ、私たちが無事に亡命を果たすことは叶わなかった。ぜひとも新居へお招きし、あらためて感謝を申し上げたい……と。


「支度は出来たかい、オバーリエ? そろそろ行こうか、迎えの馬車が来てる」


 むろん、同様の手紙は宿屋の主人トム宛てにも。

 トムのぎこちないエスコートで、オバーリエは豪奢な馬車に乗り込む。

 

「なんだかお屋敷に馬と車輪が付いているみたいね、トム」

「まったくだ」


 御者が品よく鞭を振るい、二人を乗せた馬車が走りだす。

 商いをはじめてからこのかた、オバーリエもトムも店を空けたことはなかった。

 車窓から、あたたかな陽の光が差し込んではチラチラと揺れる。


 休日とは、こういうもののことかしら。

 とりとめもなくオバーリエがそう考えていると、前をじっと見据えたままトムが口を開いた。


「いまさら言うことでもないんだがな、オバーリエ」

「……なあに、トム?」

「実はずっと、こうするのが夢だったよ。いつか君と村を抜け出して、遠くへ旅をしてみたいって」


 しわの増えたトムの横顔が、見る間に赤らんでいく。

  

「バカね、トムったら」

 だからオバーリエはそう言って、幼馴染のほっぺたにキスをした。



 道具屋も宿屋も、今日ばかりは休みである。

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