第2話 アクセントグミ


「7,764円になります。7番レジでお願いしますね」


 私はカゴいっぱいの商品を7番の会計機に運ぶ。


「一万円お預かりします。……お釣り2,236円になります」


 お客さんにお釣りを手渡すと、また次のお客さんの相手をする。


「お待たせしました。当店のカードはお持ちでしょうか?」

「ないです」

「失礼しました。年齢確認、お願いします」


 私は黙々とリーダーで商品のバーコードを機械的に読み込んでいく。お客さんがパネルにタッチする。カゴからカゴに取り出しやすいように置いていく。他のレジの列もチラリと横目で確認する。なぜだかウチが一番長い。よそ行ってよ! しかもみんな常連だし! 他並べよ! と、思っても顔に出す訳にも行かず、笑顔で


「5,880円になります。8番レジでお願いします」


 これもお金のためだからと労働に精を出す。コスパが悪くお金の掛かる我が身が憎い。さて、ともかく今は少しでもレジの待機を減らすため目の前の仕事に集中しよう。


 バイトが終わってようやくおうちに帰りつき。お風呂に入ってご飯を食べて。自室に戻ってようやく人心地つく。しばらくクローゼットのお洋服を眺める。そして次のお給料日には何を買おうかと思い巡らす。しばらく堪能したらタイマーの音が鳴ったので気持ちを切り替える。


「さて……勉強しますか」





(筋肉~~~~っ!!)


 と、早朝から私は長距離を走っている。


(燃えよカロリー~~~~っ!!)


 と、肥りたくない一心でひた走る。服が似合う体型維持のためひた走る。冬は好きだ。寒さで他の季節よりカロリー消費が激しいらしいから。





「フーカ先輩。だから一緒に全国を目指しましょうよ!」

「いや、ごめん。だから私バイトあるから」


 今日はバイトがないので放課後に生徒会室で友達の手伝いをしている。


「ねえ、スピーチの草案こんな感じでイイ?」

「どれどれ? うんうん、イイ感じ。助かったよ、ありがとう」


 友達は私の書いた文章を読んで満足げだった。これで頼まれてた依頼は完遂した。


「ちょっと先輩、聞いてるんですか! 勿体ないんですよその運動神経! お願いです入部してくださいよ!!」

「練習相手ぐらいはなるから。それで勘弁して?」

「ダメです先輩っ! 一緒に試合に出たいんですって!!」

「いや、ほんとゴメン」

「あ、ちょっと!」


 用事は済んだので私は生徒会室を後にする。すると後輩も一緒についてきた。


「なんでついてくるかな?」

「これからどうするんですか?」

「駅前のアイスクリーム屋さん。そろそろ新作あるらしいから」

「だったら部活行きましょう」

「だったらが分からないから。ほんと無理だから。ゴメンね?」


 きりがなさそうだったので私は校門まで駆け出した。


「あ、待ってください! くっ!?ああ、もぅ! 早くてついてけない!」


 学校の敷地を出る頃には無事後輩を撒く事に成功した。






「ねえ、この寒い中そんなの食べて寒くない?」


 貸し切り状態のテラス席で一人アイスを堪能していると、そいつは馴れ馴れしく私と同じテーブルに座った。軽薄そうな表情が顔付近に張り付いている。私はスプーンでアイスクリームを掬うと口に運ぶ。髪は綺麗だった。良い発色の茶髪で手入れが行き届いてるなと思った。私の手元にある大納言あずきよりよっぽど発色が良い。残念なことに新作アイスはまだなかった。カップのアイスをもう一掬いして口に運ぶ。まあ、これはこれで好きだからいいのだけど。新作はまた次回。


「ねえ、なんか反応してよ?」

「誰あんた?」


 覚えのない顔だった。


「あれ? 分からない?」

「知らない」

「ショックだなー。まあ、初対面だけど」


 そう言って何が楽しいのか男は笑った。イヤなのに絡まれたなぁと内心辟易してる中、男は続けた。


「君、モデルとかしてる? すごいスタイルいいよね、手足スラっとしてて」

「何か用?」

「そんな怖い顔しないでよ、折角の美人が台無しだよ?ほらほら、笑って笑って」

「何か用?」

「もっと会話楽しもうよ? その制服、〇〇高だよね。その見た目で頭もいいんだー。すごいね」

「何か用?」

「釣れないなー。あ。アイス好きなの? ここもいいけど、美味しい専門店知ってるよ? 今度案内するから連絡先交換しようよ?」

「ナンパなら他所でして」

「いいじゃん、一緒に行こうよ?」

「行かないから。勝手に話進めないで」

「遊びに行くぐらいいいじゃん? それとも何? 彼氏でもいるの?」

「いるから」

「えー絶対そんなヤツより俺といた方が楽しいって。後悔させないよ?」

「今この時間が既に後悔してから。早くどっか行ってくれない?」

「そう言わずにさー」

「はぁ。分かった」


 もっと堪能したかったけど私は残りを一気に口に掻きこんで席を立つ。折角の楽しい時間が台無しだった。しかしそれでも男は尚食い下がる。


「待って待って待って? せめてさ、連絡先ぐらい」


 そう言って私の腕を掴んできたので、それを払うと逆に彼の手首を掴んでキめて、力を込めた。すると彼は膝をついて叫ぶ。


「いだだだ!?」

「これ以上しつこくすると、人呼ぶから」

「わ、分かった。分かったって」


 そこまでしてようやく引き下がってくれた。……みーくんに会いたいな。上書きしたい。






 イブ目前の休日の昼下がりだから街は普段より人が多い気がしてる。平日のイブじゃなくて今日デートする人たちも多いのだろう。私達みたいに。駅前の待ち合わせ場所でみーくんの姿を探しながらそんな事を思う。

 スマホを持っていないみーくんとは普段は連絡が取れない。誕生日以来会っていないから話したい事でいっぱいだ。全部は話せないし一緒にいる間も話したい事が増える一方なのだから前以て整理しておかないと。そんな事も考えていたらナンパされたテラス席が目に入った。この話は、みーくんに話そうか。どうしようか。みーくんはこの話を聞いたらやきもちを妬いてくれるだろうか。どうだろうか。……別にいっか。大した話じゃないし。済んだ話だし。こんな話するの意地悪だし。こんな話をしてやきもち確認しなくても、きっとみーくん私の事大好きだから。

 なんて事を考えてたら、みーくんよりも先にこの間のナンパ男を発見してしまった。たしかにこの駅前でナンパしてたのだから、また駅前にいてもおかしくはないけれど気持ちは盛り下がってしまった。しかも目が合った気がする。こちらの方に歩いてくる。それでも気のせいだと思い込もうとし私は関わらないように、スマホを取り出すと画面に視線を落とした。


「待った?」


 私はウンザリした気持ちで顔を上げる。そしたら男はチラリとこちらを見て通りすぎた。


「おっそーい」

「ごめんごめん」


 隣りでスマホをいじっていた女の子が不満の声を上げて男に近づいた。そしてそのまま二人駅に向かっていく。どうやらあんな男でも需要があったみたいで、これからデートらしい。そんな二人の後ろ姿を私は見送った。


「隣りの女、すげー恰好じゃなかった?」

「ねー」


 去り際、ボソッと呟いた。あ、これ、私だって気づいてないなと思った。

悪意……ではないのだろう。ただ彼女との話のキッカケにしたかったのだろう。その証拠に私には見向きもせず、私の反応を確認しなかった。無邪気に隣りを歩く彼女と笑い合っている。きっと私の耳に届いたことも気に留めてないんだろう。まあ、分からなくても仕方ない。真っ白に統一したふわふわフリルとレースをふんだんにあしらったお洋服。袖にはキャンディモチーフのレースカフス、頭にはマドレーヌのバレッタ。メイクも衣装に負けないようにハッキリとした感じで仕上げてる。冬は好き。可愛い服を着ても暑くないから。服自体も夏服より冬服の方が可愛いし。

 すげー恰好、か。でも可愛いしょ? この格好が好きなんだ。だから見知らぬ人に何て言われても平気。TPOには合わせるけど別に今迷惑掛けてるわけじゃないしね、いいでしょ? ……みーくん、まだかなー?







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