第3話

 アルバイト先のコンビニの裏口で休憩していると、女の先輩に声をかけられた。一つ年上の金髪ウェーブの、いわゆる私の苦手なタイプだ。

「ねえ、君の名前、もう一度教えてくれない? あたし、人の顔は覚えられるんだけれど、人の名前は覚えられないのよね」

「僕の名前ですか? 僕の名前は……」

 どうしたんだろう? 自分の名前が思い出せない。

「もしかして記憶喪失?」

 ギャル先輩は私の顔を心配そうに覗き込んだ。

「いや記憶はあるんです。ただ名前だけが思い出せなくて」

「じゃあ、例えばあたしの名前は分かる?」

「松本さんです。松本里英さん」

「じゃあ、もう一度訊くけれど、あたしの本当の名前は分かる?」

「松本って偽名かなんかですか?」

「違うわ。あたしの名前は松本里英で合っているわ」

「では、本当の名前というのは?」

 松本さんは、ゆっくりとタバコを吸い始めた。

「あたしは確かに、松本の家に生まれ、そこで両親に里英と名付けられた。けれど、それは親が便宜的に名付けた名前という登録番号よ」

「そんなこと言い出したらキリがないのでは? 便宜的でもなんでも、あなたは松本里英さん。それでいいじゃないですか」

 松本さんは首を横に振った。

「君の名は?」

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