第2話
それは私が大学生の頃の話である。何大学であるとか、何学科であるとか、そんなことはこの話には関係ないので省略させて頂く。
「ピンクスパイダーをご存知かね?」
小柄の老人に声をかけられた。私が専攻している学科の教授である。
「歌なら」
私の答えに満足したように、教授は頷いた。
「そう歌だ。君は蝶か、それとも蜘蛛か?」
立ち話もなんだからと、教授の部屋へと呼ばれた。来賓用のソファーに腰掛けると、テーブルを挟んだ向かい側に教授がいた。
「人間誰しも蜘蛛ではないですか? 空は飛べませんから」
私が言うと教授は少し横に首を振った。
「君の考えは間違ってはいない。けれどこれは概念的な話なのだ。それを踏まえてもう一度訊く。君は蝶か、それとも蜘蛛か?」
教授の言いたいことがまるで分からない。
「では蝶ですかね」
「それはなぜ?」
「僕はずっと飛んでいるんですよ、大空を。けれど行けども行けども視えるのは海ばかり。大陸なんてどこにもない。自由ってそういうものな気がします。結局僕たちは釈迦の掌の上からは逃れられないんですよ」
「そう、確かに自由というのは得てして窮屈なものだ。だが、釈迦を殺せたのならどうなる? また違った景色が見えるはずだが」
「どうやって殺すんです? お釈迦さまを」
「存在を消せば良い。簡単な話だよ。知らなければ、つまり知識が記憶の図書館になければ、釈迦はそのセカイには存在していられない。故に釈迦は殺せる」
気がつくと教授は、少年へと姿を代えていた。それは幼い頃の私だった。
「君の存在もいずれは消える」
「まあ、飛び降りてる最中だからね」
「そうじゃなくて。ここは夢の中の夢なのだから」
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