第6話 デストラクション・ガール
雷鳴が轟く魔王城。
玉座に腰を据えるのはあの恐ろしき魔王ヴェイロン――ではなく、小さな背丈の幼女〈
「マジのマジで困ったですですぅ、魔王様ってば完全に行方を
玉座の間は血に塗れていた。
その血の発生源こそは床に横たわる無数の人間であり、それらは勇者と呼ばれる者達だった。
シロンは血塗れになった拳を拭うと溜息を吐き、うんざりした顔で頬杖をつく。
「魔王様が退いて早三日目……たった三日の間に二十名もの勇者共が押し寄せてくるとは……単騎での突撃が当然だったのに、なんでシロンが魔王代理になってからパーティで攻めてきやがるですぅ……!」
何故に魔王が不在の間に攻め入ってくるのかと疑問を抱けども、あまりにもヴェイロンの退位のタイミングが悪すぎたようで再度シロンは
「流石にシロンだってこんな面倒なことしたくないですぅ……やっぱり、さっさと魔王様を見つけ出して、再度玉座に返り咲いてもらうしか……」
何にせよ状況からして魔王不在の事態は大問題で、玉座から飛び降りたシロンは手下の者等にヴェイロンの捜索を急ぐように伝えに行こうとするが、そんな時だった。
「おいおい、なんだにゃあ、こりゃ。またひっどく荒れてるにゃー……」
突如、入口から可愛らしい声が響き、その台詞と声の調子に顔を跳ね上げたシロンといえば、先までの様子とは打って変わり、如実に緊張した表情を浮かべ脂汗まで滲ませた。
「んなっ……そ、その声は……!」
声を聞いたシロンは顔を引きつらせ、ゆっくりと前方を見据える。
両開きの扉は微かに開かれており、そこから姿を見せる者がいて、その姿を捉えると同時、シロンは「最悪な状況で最悪な存在がきてしまった」と呟く。
「おーおー、これ全部勇者け? ようやっと徒党を組むことを覚えたわけね、偉いにゃん?」
それはシロンと同じく、背の低い、可愛らしい魔の者だった。
少女のように可憐な顔付きに髪は長く癖があり、灰褐色の色合いが特徴的だった。
頭にはとんがり帽子を被り、その帽子からは猫耳が飛び出ている。
白い外套で全身を包み、お尻にはこれまた猫のような尾があり、尾の先端には鈴がリボンでとめられていて、手に
「こ、こここれはこれは……なんであなたがこんなところにいるですですぅ……?」
「あん? あー……誰かと思えばシロンのチビじゃねーかにゃー。元気してるぅ?」
「あ、あははー、げ、元気してたですよぉー?」
「なんか歯切れわりーにゃん。どしたん?」
「何もないですよぅ! それより、そっちこそいきなり姿を見せて一体どうしたですか……」
一度言葉を切ったシロンは、少々怯えたような目で猫耳少女を見つめ、こう呼んだ。
「〈
音に伝う覇者あり。
曰くは魔王軍きっての殺戮主義者、殲滅の指導者。
渾名を〈鏖卿〉と呼び、魔王ヴェイロンの側近である〈戦姫〉シロンですらも恐怖に
見た目は猫耳の生えた少女だがその実力は彼のヴェイロンすらもが感嘆する程で、人魔問わず、世界に知られる〈鏖卿〉は魔王に次ぐ、魔の者等における象徴的存在だった。
「何でも糞もねーにゃぁ……聞けよシロンよぉ、うちの管理してるベルエア区でよぉ、糞嘗めた集団が現れやがったのさぁ」
「糞嘗めた集団……?」
「そいつらはよ、勇者を名乗った人類共だったのさ。丁度ここに転がってるような、にゃ」
「そ、それはまた災難でしたですですぅ……あいつら、人類のくせに少しばかり頑丈な上にしつこいですからね……」
「そうなのよさ。けどなんだ、うちの管轄だったからさ、迷惑な上に目障りだったから……全部殺したにゃん!」
なんともないようにいうコルメウム。
シロンの顔は相変わらず引き攣ったままだった。
「んでさ、糞のヴェイロンにそのことについてのナシつけにきたんだにゃ。手前がまともに勇者をぶっ殺さないからうちの区域まで糞が飛び出てきてんじゃねーかごるぁってにゃ」
「そ、そうですかぁー、そうですですぅ、それなら急いで魔王様に伝えなきゃ――」
「そういやあいつどこだにゃん? どこにも姿が見えなかったけど」
「あ、あぁー、あのですねぇ〈鏖卿〉? そういえば魔王様はトイレに籠ってるですよぅ! なんか先日に食べた饅頭が悪かったみたいで!」
「なんだい、間抜けだねぇあの馬鹿は。んじゃ出てくるまで待つとするかにゃー」
「い、いやいや! そんなの時間の無駄ですので、用はうちの部下が聞くですよ! ね?」
シロンの必死な様子を見てコルメウムは訝しんだ顔になる。
「……なぁんか怪しいにゃん。おいシロン、何をそうも焦ってんだにゃ?」
「え、えぇ~? 焦ってなんて~? ないですですよぉ~?」
「うっぜぇからやめるにゃん……つーか誤魔化すの下手か、無理ありすぎだにゃん」
コルメウムは改めて室内を見渡す。
死屍累累といった光景に血生臭い空気は魔王城に相応しいと呼べるが、それにしても
(あのヴェイロンにしちゃ珍しい光景だにゃん。綺麗好きで知られるあの潔癖野郎がこんなきったねー戦いをするとは……よっぽど腹が痛かったのかぁ? いや、だっつっても、何でシロンや他の従者は片付けもせず放置してんだにゃん……)
まるでらしくない光景だとコルメウムは疑問符を浮かべ、そんな彼女はそっぽを向いているシロンへと密着すると耳元に口を寄せて問いかけた。
「……ヴェイロンの野郎は本当にトイレなのかにゃん?」
「ほほほ、本当ですよぅ!」
「ならその間に部屋の清掃をしとくべきだろぉ? あの腐れバカ魔王の野郎は超綺麗好きだろぉ? 何でチンタラしてんだぁ? おぉん?」
「そ、それは、そのぉ、ほら、もう少し余裕ができたらはじめようかと――」
「見たところ三日程経過した腐った遺体があるんだがぁ? お前等は三日も経ってようやっと仕事をするってのかぁ? にゃぁん!?」
「ぴぃっ!」
「なぁんか隠してんじゃないかい〈戦姫〉よぉ……」
「わ、わざわざ渾名で呼ばないでほしいですですぅ〈鏖卿〉……」
「ならとっとと糞ボケ野郎に会わせるにゃん。なんだったらトイレに乗り込んでやるぜ?」
「いやいや、婦女子がそんなはしたない真似しちゃいけないですですぅ!」
「いいからとっとといえよ本当のことをよぉ!? じゃねーと痛い目見せるぞくるぁあ!」
「ひぃいいい! やっぱりこの猫さん怖すぎるですですぅううう!」
胸倉を掴まれるといよいよシロンは窮地に立たされた。
迫るコルメウムの表情といえば険しく瞳は刃のように鋭い。
流石のシロンもこれを前にしては諦めざるをえず、間もなく血で溢れかえる玉座の間では猫耳少女の前で幼女が正座する光景があった。
「……隠居だぁ!? そりゃ本当なのかにゃ、シロン!」
「マジのマジっぽいですよぅ……行方もつかめず、かれこれ三日が経ちましたですぅ……」
「なんつー糞垂れた真似しやがんだ、あの糞ボケは……」
「今はシロンめが魔王代理をやってるですが、ぶっちゃけ心底面倒なのでとっとと帰ってきてほしいですよぅ……」
「ぶっちゃけすぎだにゃ……いやしかし、そうかにゃ……ここんところの勇者大量発生も相談したかったんだが、こうなるとどうすっかにゃー……」
「……あ、そうだ! そうですですぅ!」
「にゃ? なんだぁいきなり?」
感嘆符を浮かべたシロンは突然に立ち上がるとコルメウムの手をとった。
「〈鏖卿〉が魔王をやればいいですよぅ! シロンなんかよりもよっぽど悪名高いですしぃ、何よりも最狂とまで謳われる実力の持ち主ですしぃ!」
「ざっけんなボケ、何であたしがそんなくだらねーことしなきゃならんのにゃ!」
「でもでも実質の魔王軍ナンバーツーはあなたですですぅ!」
「魔王の側近であるお前が相応しいにゃ!」
「いいからやってくださいですぅ! そしたらシロンが直接動いて魔王様を探せるですよ!」
「とかいって面倒事を押し付けたいだけだろうがにゃ! そうはいくかボケぇ!」
シロンを振りほどくとコルメウムは窓辺に立ち外套を翻しながら振り返った。
その光景に覚えがあるシロンといえば、よもやまた同じことの繰り返しかと必死な形相になり叫び散らす。
「あ、待って下さいですですぅ! その画は先日も見たですから!」
「何の話だにゃ! 兎角、こうなったらあたしが見つけ出して殴ってでも玉座に戻すぜ!」
「ほらぁ、やーっぱりそういう流れですぅ! また見送る形ですか、シロンばっか損してるですよ!」
「うっせーにゃ! つーわけでもう少し気張れやシロン! ほれ、客もきたにゃ!」
「え? げぇっ、まーた勇者パーティ!」
やり取りの最中、突然に大袈裟に開かれた扉の向こうから複数の人間が飛び込んできた。
それらは勇者と呼ばれる存在で、またもやパーティ編成でやってきた彼等にシロンは顔を顰め、コルメウムも同じように
「んな、あれが魔王だってのか!?」
「子供じゃないのよ!」
「いやしかし、すげー魔力してるぞ、あいつ……!」
「見た目に騙されちゃいけねーな……」
「ふっ……しかし問題ないよ。僕達なら……勝てる!」
各々はそんなことをいいつつ武器を手に取り、それを前にしてシロンは項垂れ、窓辺に立つコルメウムは哀れみの目線を送る。
傍から見れば勇敢な勇者達が悪の討伐の為にと奮起する光景に見えるが、しかし相手取る存在からすれば、それも覇者に相応しい実力を持つ立場からすれば、彼等の台詞も勇姿も酷く勘違いをしたように映り、これが群れて襲い掛かってくるのだから胸中の程は推して知るところがある。
「ん、んじゃ、適当に頑張れよシロン……」
「そんな哀れむくらいなら代わってほしいですですぅ!」
「いや、ああいう勘違いした痛いバカ共の相手とかしたくねーんだにゃ……んじゃちょっくらいってくるにゃん!」
「あ、ちょっ――もぉおおおおお! なんでみんな勝手にシロンを置いていくですかぁ、このバカ猫ぉおおおおおお!」
窓から飛び降り、地へと降り立ったコルメウムは神速をはじき出して駆け抜け、背後から響くシロンの罵倒を聞き小さく笑みを零した。
「さぁて、あの腐れボケ魔王のヴェイロンはどこにいるやらねぇ……あいつのことだ、面倒をとことん嫌うからぁ……」
思案し、コルメウムは即座に一つの解に辿り着く。
「……人の大陸。それも辺鄙で何もないような、存在すら忘れ去られているような糞田舎だろうにゃん」
〈鏖卿〉――名をコルメウム・ディアブロ・ベルエア。
魔王軍のナンバーツーの座を頂き、ヴェイルサイド大陸において最も安全と称される北部ベルエア区を一任される存在だった。
侯爵の位を与り万の軍勢を抱え持つ覇者だが、そんな彼女と魔王ヴェイロンの仲というのも、これまた深く長いもので、ヴェイロンの考えること程度なら即座に見当がついた。
「ったく、隠居なんてらしくねーにゃぁ、ヴェイロン。まだあたしが現役なんだ、お互い、どっちかが死ぬまでは付き合おうぜ」
駆け抜けていくコルメウム。
そんな彼女の尾の先に結ばれた鈴の音が、まるで雷のように鋭い音を発していた。
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