偽りの予告状と道化の怪盗 04

「裏通りに車を回したよ!」


 観衆の眼前を駆け抜けるハルマに、マイから連絡が入る。


「それと、さっきまでは警察しかいなかったのに、今はなぜか町の人が沿道にごった返してるよ」

「うわぁ、過去一番逃げにくいじゃないか!」


 沿道にいるのはお祭り騒ぎに焚き付けられた町民だけではない。偽の予告状に釣られたミーハーな観光客までが集まっている。

 一通の偽の予告状から始まった盛大な町おこしエンタメ。そのフィナーレの瞬間を一目見るべく、深夜にもかかわらず彼らは集まっていた。


「ハルマ、こっちを見て!」

「素顔を見せろ!」

「ガンバレー!」


 沿道の歓声が地響きのように鳴り響く。


「いや、応援じゃなくて捕まえるとかしろよ! お巡りさんも、仕事違うでしょ!」

「声援に応えるなんて余裕じゃないか、怪盗ハルマ!」


 ハルマを捉え続けるカメラ付きのドローンを通じて、レヴナント・ラジオが煽る。


「余裕なんてあるか! 警察にまで応援されながら逃げるなんて、初めて過ぎて胃がびっくりしてるわ!」

「応援されるのも気持ちがいいだろう!」

「警察に応援される泥棒がいてたまるか!」

「そう言うなよ、怪盗ハルマ。この町の人たちは本気で君に感謝してるんだぜ?」


 ラジオは楽しげな声を止めずに続ける。


「ではここでもう一つ、盛大なネタバラシをしようじゃないか。皆さん、どうかここはご静粛に!」


 その言葉に、先ほどまで沸き立っていた観衆は一気に静まり返る。


「怪盗ハルマが現在抱えて逃げる絵画『月の囁き』には隠された秘密がある。

 なんとその絵画の作者は……怪盗ハルマ! 君のファンであるこの町の高校生だ!」

「はぁ?」


 ハルマは呆れた声を漏らしつつも足を止めずに走り続ける。


「じゃあ何か。やっぱりこれは何の価値もないってことか?」

「その通り。美術館に飾る価値もない一山いくらの油絵だ」

「お前、配信でそれを言うのかよ!? 頑張って描いた高校生も見てるかもしれないのに!」

「高校生に気を遣うとはなんて優しい怪盗だ! その言葉で高校生も救われるだろう。けれど、そんなのは秘密エンターテイメントじゃない」


 背後からハルマを追いかけるラジオは、一定の距離を保ちながら続ける。


「その高校生は君と同じ、生みの親を知らない。そんな両親に自分の描いた絵を見せたいと、配信で取り上げてほしいと僕に頼んできたんだ。もちろん僕は断ったよ。そんな程度の依頼を逐一受けてたら、時間が足りないからね」

「お前本当性格悪いな!」

「それを知って動いたのが、この町の人たちだ。彼らは僕が受けるだけの舞台エンターテイメントを用意しようと考えた。そして偽の予告状を使った盛大なドッキリエンターテイメントを仕掛けたというわけさ!」

「…………」

「怪盗ハルマが盗んだ結果、絵画『月の囁き』は全世界に発信され、高校生の望みは叶い、町は潤い、怪盗は尊ばれ、視聴者は僕の配信を楽しんだ。全員が笑顔になれる、まさしく僕が望んだ素晴らしいエンターテイメントだ!」

「何がエンタメだ畜生! 俺の胃はボロボロだよ!」


 チェノワのナビを頼りに最後の角を曲がると、観衆が道を開けた先に待つ車が見えた。その前には、カメラを構える観衆の前で、まんざらでもなさそうにポーズを取るうさ耳が見えた。


「お前はお前で何楽しんでんだよ!」


 通信機越しにハルマは怒鳴った。


「何言ってるの! こっちは観衆を引き付けて道を開けてるんじゃない!」


 負けじとマイは返す。そう言われてしまっては謝るしかない。

 ハルマはため息をつき、意を決して群衆の間を突っ切るように走る。


「ハルマ、頑張れ!」

「もうゴールだぞ!」


 観衆の声援がさらに大きくなる。フラッシュが絶え間なく焚かれ、警察ですら彼の姿に拍手を送る。


「お巡りさん! 泥棒はあなたの目の前ですよ!」


 ラジオが笑いながら答える。


「いいや、君は何も盗らなかった。この町のために尽くしてくれたんだ」


 車のエンジン音が聞こえる方向に視線を向けると、マイはいつの間にか運転席に乗り込み、アクセルをふかしていた。

 だが、興奮した観衆の一部が警察を押しのけ、車のそばにまで押し寄せている。このままでは余計な怪我人が出るかもしれない。


「おいマイ、迎えに来るどころか、これじゃパレードの終着点だぞ!」

「そのまま突っ込んできて! アクセル踏む準備はできてるから!」


 ハルマは全速力で車に向かって駆け出し、その勢いのまま助手席に飛び込むように乗り込んだ。

 マイがアクセルを一気に踏み込むと、車は路地から急発進する。

 ドローンが車を追いかけ、後方から観衆の歓声が遠ざかる中、ラジオの声がまた響く。


「くそぉ、一足遅かったか……。ハルマめ、まんまと盗みおって!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る