第25話
厚い雲が空を覆い、冷たい風が吹き抜ける中、帝国軍の攻城戦は二日目を迎えていた。攻防の音が響き渡り、戦場の空気には金属と血の匂いが混ざっていた。曇天の元、青年は防壁上で指揮を執る父親の元へ訪れていた。
今日も帝国軍の城攻めが続いている。相変わらず手堅い攻め方で、昨日と同じように本城と支城の中間に陣地構築を試みているようだ。昨日と違うところは、地道に塹壕を掘って陣地構築しているところだな。
「父上、調子は如何です?」
「ヴォルフか、遅かったな。見ての通り、帝国軍が地道に穴を掘っているよ」
「あれは結構深そうね……」
「うーん、二メートルくらいはあるかなぁ」
私の問いに父上が答え、セレナとフィオナも感想を漏らした。昨日の人外狙撃を受けてなのか、地道な塹壕戦とは……ふと、カーティスが指揮を執っている支城から石弾が飛んできて塹壕に飛び込む。周囲に散らばっている石弾を見る限り、中々の命中制度のようだ。
「本当に地道ね……結構被害が出ていそうだけれど」
「そうだろうが、構わず施工しているな。動員人数も多そうだ」
セレナと私で戦況を分析していると、その様子を見ながら父上が声をかけてくる。
「……何というか、君ら近くなったな」
「そうですか?」
そうかな?そうだな、気づけば肩が触れる距離だ。ふと、ビクッと身体を震わせたセレナが気まずそうにスススと距離を取る。それを見たフィオナと父上が苦笑しながら言い合っている。
「昨日は色々あったからねぇ」
「昨日は色々ヤったのか!?」
「ちょっとフィオナ!?リ、リヒター元帥、昨日は軍議をしつつヴォルフが勝手に出撃しないよう見張っていただけです!」
フィオナがいらん事を言ってくれる。やけにイイ笑顔でぶっ放してくれたな。そしてセレナよ、それでは夜中ずっと同室だったと白状しているじゃないか。
「どうりで今朝は起きるのが遅かったはずだな……いや、すまないセレナ殿」
「父上、ご安心を。股座が痛んでは馬にも乗れませんので、まだ散らしては__」
「うるさい!」
「ゴフッ」
いらん事を言ったようで、私の脇腹が犠牲になった。まぁ所業はセクハラ親子だし、やむを得ん。昨日はあのあとソファでくっついて仮眠しただけで、何もいかがわしい事はしていないんだけれどな。まぁ団欒はここまでにして戦況を確認しよう。
「それで、父上。帝国軍の工兵は朝から塹壕を掘っているのですか?」
「そうだ。めげずにずっと掘っている」
「騎兵は出しましたか?」
「一度だけ出した。ルーブル将軍率いる重装騎兵が迎撃に出てきたが、交戦前に退却させた」
「……」
確かに定石通りだが、どこか妙だ。ここまで露骨に塹壕を掘り続けるのは、我々を誘い出す等の別な目的を感じさせてならない。なるほど、想定通りの動きではあるが、あまり想定通りでも違和感を覚えるな。相手を計略に嵌める時は気をつけないといけない。勉強になる……などと考え込んでいると、本日一度出撃した弓騎兵の指揮官が進言してくる。
「元帥、大将閣下。どうか出撃の許可を。あのまま悠々と陣地構築を許す訳には参りませぬ」
「それはそうなのだが、あからさまに罠の気配がな……」
そうだ。私が昨日夜の軍議で父上へ進言した通りの状況となっている。帝国軍の工兵部隊が陣地構築を行い、その妨害の為に誘き出された我が軍の打撃部隊にルーブル将軍が攻撃する構図だ。
「然り。ですが、ルーブル将軍が重装騎兵を率いているならば、我々軽騎兵には追いつけないでしょう」
「……」
父上の視線が遠く敵陣を捉えたまま動かない。防壁上の兵士たちは息を殺し、次の命令を待っている。風が吹き抜ける音だけが耳に残った。彼の言う通り、弓騎兵は一度目の出撃で追撃を振り切って帰城している。
「そして、ここで出撃せねば擬兵の計が露見しかねません」
そう、今のところ本城には二万の兵が籠っていると見せかけているが、実際には五千しか居ない。これが露見すると支城を捨て置いて本城を総攻めされかねない。
「そーなんだよねぇ、実は割と絶体絶命なんだよね……」
「ねぇヴォルフ、どうするの?」
「うーん……」
フィオナが頬に手を当てながら言い、気がつけばセレナがまた肩が触れる距離で横から見上げて声をかけてくる。そのポジション気に入ったのかな。そして、弓騎兵指揮官は汗を滲ませながらなおも言い募る。
「閣下、何卒……!敵が塹壕陣地を完成させれば、我が軍の動きがさらに封じられます!」
「……よし、出撃を許可する」
「父上、しかし__」
父上は進言する私を手で制し、迷いのない眼差しを私に向けた。その瞬間、言葉にせずとも『信じろ』と言われている気がした。総大将としての威厳と覚悟が、その一言に詰まっていた。
「確かに懸念してはある。よって、退却命令の鐘が鳴ったらすぐ帰城する事を厳命する。無論、現場判断での退却を許可する」
「退却の旨承知!ヴォルフ様ご安心を。今朝も上手く行き、犠牲は出ませんでした。今回も必ず任務を果たします!」
「……分かった。援護は任せてくれ」
「はっ!」
彼の背中を見送りながら、胸中には何とも言えない不安が渦巻いていた。彼は今回も無事に戻れるだろうか――そう願いながらも、胸の奥に鈍い痛みが広がる。まるで、何かが起きると告げるかのようだった。
薄暗い曇天は、あたかも戦場に漂う運命の不確実さを映し出しているかのようだった。そして弓矢が風を切り裂く音や戦う兵士たちの怒号が、不気味に響き渡っていた。
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