第26話

 戦場を覆っていた雲は厚さを増して、やがて雪が降り出した。青年の父親は城壁上から空を見上げつつ、出撃を命じた弓騎兵の無事を願っていた。



 雪が降り始めたか……積もる降り方では無いし、地面がぬかるむ程でもないが。うむ、城門が開く音がしたと思えば、はね橋が落とされて弓騎兵が出撃した。声ひとつ上げず、ただ馬蹄のみを置き去りに疾走していく。とても滑らかだが、当然無音ではない。


「敵工兵も気づいたらようですね」

「だがもう射程範囲だ。良く訓練されている」


 流れる水のように殺到し、弓騎兵が射撃を始める。塹壕を掘っていた敵工兵が泡を食って隠れようとするが、次々に討たれていく。そのまま流れるように包囲陣地を構築している敵兵にも射かけて、その反撃を置き去りにして走り去る……それにしても素晴らしい練度だ。かつて立った戦場にこの部隊が居ればと考えつつ、その実現にどれほどの予算が必要かを思うとつい苦笑が漏れる。私も歳をとったし、戦場を取り巻くかんきょも変わったものだな……それにしても、こうなると重騎兵も投入して連中を蹴散らしたいところだが。遠くの帝国軍本陣が騒がしいな。


「ふむ、敵本陣からも騎兵が出撃したようだな……まだ到着には時間がかかるだろうが。それにしても、どうしたんだ?ヴォルフ?」

「……」


 息子が何やら離れた林を凝視している。敵包囲陣地や弓騎兵が展開する場所とも離れ、当然帝国軍本陣とも離れているが……突如、その林から赤毛の馬に跨って漆黒の鎧を身に纏った騎馬が飛び出してくる。付き従う騎兵隊も続いて……いや速い、あまりに速すぎる!あの先頭の黒い騎馬武者はルーブル将軍か!?


「撤退指示のラッパを鳴らせ!」

「何だあれは……あれは、駄目だ!父上、私も出ます!」

「待てヴォルフ!セレナ殿、フィオナ!止めてく__」

「私も行きます!」

「おじさま、大丈夫……!二人は絶対死なせないから!」

「っておい待て!……くそ、弩兵隊とバリスタは援護射撃待機!」


 あれ、三人とも出撃するの?お嬢さん方はヴォルフを制止する立場じゃなかった?

 いや、呆けている場合ではない。弓騎兵は離脱しながらルーブル将軍を射かけているが……短弓とはいえ、それを弾く重装甲の騎馬がどうしてあのような速さで疾走するのか。あれではまるで地獄からの使者、化物だ。まずい、そのままあの化物は、どこか不気味な馬蹄を響かせて土を蹴り上げ、雪を巻き上げ、矢の雨を斬り払い、あるいは弾きながら迫る。あのままでは……!

 息子よ、お前はあの化物に相対しようというのか!?



 ***

 青年の父親が焦燥を募らせる中。弓騎兵に射かけられながら、猛将はおよそ重装備の騎兵とは思えない速度で追い縋り、迫り、ついにただ一騎で切り込んだ。さながら突き刺さる暴雪のように。



「オオオォォォオオラアァァァ!」

「ぐあぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁ!」


 雄叫びと共にハルバードを振り回す。何回か射かけられはしたが、短弓の威力など知れている……ハルバードで斬り払い、あるいは鎧が弾く。そして乱戦となればもうコイツらに出来る事は何もない。お前らは、戦場で俺に出会った。いつものように一抹の期待を抱きつつ、外れたならば残らず一方的に狩り尽くすだけだ。


「そ、総員抜剣!あれしきの化物は見慣れているだろう!」

『はっ!総員抜剣!近接戦闘用意!』


 ふん、覚悟を決めたか。だが無駄だ。片手剣ごときで止められるのか?この俺をあれしきと称するとは俺も随分舐められたものだ。いいだろう、その剣ごとまとめてへし折ってやる……!


「がっ!ぎゃあああ!」


 ガァン!と音を立てて剣を弾き、そのままの勢いで鎧ごと叩き斬る。温い連中だ。よくこの程度で今まで生きてきたな?暫く目についたヤツから斬り裂いていたが__。


「なっ!?」

「馬鹿な__」

「がああぁぁぁ!」


 後方に回り込んで斬りかかってくる連中をまとめて薙ぎ倒す。その程度で裏をかいたつもりか?雪を巻き上げる馬蹄の音、風を切る矢の唸り声、そして俺が振り回すハルバードが斬り裂く空気の重さ。戦場は、ただ俺が一人支配するままだ。温い。いつも通り、この戦場も撫でれば砕け散る木偶を粉砕して終わるのか?コイツらの士気がまだ崩壊していないのはそれなりに大した物だが……む、重い馬蹄が聞こえる。チャーリーに預けた選抜重騎兵が追いついたか。


「ルーブル殿!」

「来たか!突撃陣形で弓騎兵集団を蹴散らせ!」

「承知!」


 元々心得ていただろうチャーリー率いる騎兵が突撃陣形で突っ込むと、撤退する敵騎兵が遂に陣形を崩した。いくら連中が訓練されていても、側面に騎兵突撃を受けてはどうにもならんだろう。後はコイツらを追い散らせば、あの野郎は出てくるか?出てこなければ俺がコイツらを皆殺しに__。


「くっ!?」


 __咄嗟に強い殺気を感じて屈むと、バァンという音を置き去りに矢が飛び去る。これは風切り音か、弦を弾く音か。

 まぁそんな物はどうでもいい。身を起こし、殺気の源に振り返ると……白銀の鎧を身に纏った男が白馬を駆り、尋常ならざる速さで向かってくる。ヤツもまた、配下の騎馬隊を置き去りにしながら。

 ようやくお出ましか……何も言わずとも、俺の愛馬が向き直りヤツを正面に捉えた。馬腹を蹴ると、俺の昂りが乗り移った様に疾走を始める。

 ヤツの獲物は薙刀か……柄も含めて金属製か?そして刃は八十センチはあるな。アレを振り回すか。やはり貴様は俺が待ち望んだ化物だ。簡単に壊れてくれるなよ……!



 雪が舞い散る戦場で、白と黒の軌跡が雪の舞う戦場を切り裂き、刹那の衝撃が周囲の時を凍らせた。ギャリィン!と響き渡る金属音、その音が戦場を一瞬静寂に包み込んだ。それは戦場を割く雷鳴のようであり、誰もが息を呑む瞬間だった。

 

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