第24話
夜明け前の前線要塞のとある一室。少女はベッドで眠り、朗らかな少女は椅子にかけながらソファで眠る青年をぼんやり眺めていた。
寝顔は可愛らしいけど、相変わらず謎が多いヴォルフくん。孤児院で初めて会ったあの日からずっと変わらない。ぼんやりしているようで、何を考えているのか全く読めない。でも、いざという時には鋭く、強く、誰よりも頼りになる。……最近、その頼りがいが裏目に出てる気がする。肩に背負ったものが重すぎて、彼が押し潰されそうで怖い。
見張る名目でセレナちゃんと押しかけて来たけれど、彼は頑として添い寝を断ってソファで寝てる。子どもの頃は雑魚寝とかしてたんだけど、そうも言ってられないからね……と思いつつ、やっぱり少し寂しいな。なんて思っていたら、彼が気配もなく身を起こして考え込んでる。本当油断出来ない……セレナちゃんもすぐ起きるだろうけれど、一応小声で声をかけた。
「……ヴォルフくん、起こしちゃった?」
「いや、そうじゃない。どうにも負け筋を引きそうな気がしてな。考えてる内に眠れなくなった」
そんな事言いつつ、いつもの様にぼんやり考え込んでる。言ってる事は深刻なんだけど、早起きするおじいちゃんみたい。でも釘は刺しておこう。
「流石に一人で飛び出して行ったら許さないよ」
「それは理解してる。飛び出して死ぬかもしれないし、生還しても死にそうだ」
苦笑を浮かべながら答えてくれた。うん、今日一番目の笑顔ゲット。なんだか深刻そうだけど、もしかしたら良い一日になるかな?そうなったら良いな。
「寒いでしょ?お湯沸かしてあるからお茶淹れてくるね」
「助かる」
このやりとりって新婚さんみたいで良いよね。ロジャーなんかは私をガサツ呼ばわりするけれど、私もそのうちお嫁さんになれるかな。
お茶を三人分用意してくると、セレナちゃんも起きたみたい。朝はあまり強くないみたいで、ぼんやりしながら目を擦ってる。それでも頑張って起きようとしてる。
「おはようセレナちゃん。まだ夜明け前だけどね」
「うーん……フィオナちゃんおはよ〜」
「セレナ、まだ寝てても構わないぞ?」
ヴォルフくんの発言に対して、セレナちゃんが眠そうに答える。
「あなたが起きてるのに私が寝てたら置いていかれるじゃない……寝てていいならまずあなたが寝てよ。あと寒いからこっちにきて」
「君は乙女の自覚を持ちなさい」
「むぅ」
セレナちゃんは少し寝ぼけてるのかな?ヴォルフくんの小言に頬を膨らませてる。可愛いけど、つい私も小言を吐いちゃった。
「あのさー、ここ戦地だし私も居るからね」
「うん……はっ!?」
「うん、戦地だしフィオナも居るな」
セレナちゃんが身体を跳ねさせて赤面してる。うん、これはヴォルフくんに突き刺さったね。昔から照れてる女の子が大好きだからなぁ……返答がおうむ返しなあたり、思考が鈍化してる証拠。
そんなこんなでみんなでポットにお湯を淹れて戻ると、ヴォルフくんがソーサーとティーカップを用意してくれてる。セレナちゃんはそっぽを向いてるけれど、湯気と共にお茶の香りが拡がると共に、こちらに意識を向けてくれた。そうして机を囲み、お茶を飲んで一息ついたところで改めて聞いてみる。
「それで、負け筋を引くってどういう事?今日には例の準備が整う見込みじゃなかったっけ?」
「そうなんだが、どうにも策が読まれてる気がしてな」
「帝国軍はあなたみたいに非常識じゃないと思うけれど……」
うん、私もそう思う。
「ヴォルフくんはどうしてそう思ったの?」
「うん、何と言うか……帝国軍の動きは想定内に収まってはいるんだが……」
「そう……」
「あー、少し外れ気味なの?」
「そんなところだ」
セレナちゃんが考え込み、ヴォルフくんが頷く。なるほど、彼の予想はいつも広範囲だけど……いつも最悪の未来に備えながら、確率の高い未来を軸に考えてるって言ってたから……今回は最悪寄りってことか。
「そうだ。これは帝国軍の作戦立案者か、それに関わる人物がやけに優秀という事を示唆している。あるいは私の想定が甘かったのだろう」
『うぅん?』
そんな事あるかなぁ。彼は常々『自省する謙虚さを失えば破滅する』とは言ってるけれど、あんまり謙虚でいられても周りは釈然としないけどねぇ。セレナちゃんと一緒に首を傾げていると、自重気味に苦笑しながらヴォルフくんが言った。
「今のところ主導権は手放さずに居るが、その為に随分無茶をさせられた……おかげで、私もすっかり化物になってしまったよ」
ふと彼が呟いた一言に、私は思わず凍りついてしまった。でもセレナちゃんは怒気を込めながら、はっきり言った。
「やめて。確かにあなたはやけに強くなったけれど、優しいところは変わってないわ」
「あー、うん。すまない、野暮な事を言った」
「本当よ。そんな事は二度と言わないで」
うーん、セレナちゃん無双。そりゃあヴォルフくんも惚れ込むよ……ぼんやり眺めていたら、硬く握った手を温もりが包む。気がつけばセレナちゃんがこちらを見つめながら、私の手を握っていた……ふと、泳いだ目線が彼を捉える。彼は参ったように天井を見上げていた。
「今日は私も出撃して構わないか?」
「条件があるわ」
「やむを得ないか……」
ヴォルフくんがため息混じりに言う。そして、今度は私も口を合わせて言った。
『一緒に行こう』
セレナちゃんは力強く、ヴォルフくんは少し諦めたように言った。私はどうだったかな……何にしても、彼らは死なせない。
***
少女らが決意を固めていた頃、帝国軍本陣では一部将兵が軍議を行っていた。そんな天幕に若き参謀は漠然とした不安を抱えながら訪れていた。
夜明け前の本陣は冷え込みが厳しい。湿った空気の中、ランプの明かりが鎧に反射して微かに揺れている。ルーブル将軍と麾下の指揮官たちは既に身支度を整え、机上の地図を囲んで議論をしていた。私もそこに加わるべく口を開く。
「夜明け前からすみません、少し皆さんの見解を伺いたかったので……」
「構わんぞ、小僧。俺もきな臭いとは思っているからな」
「そう言って頂けると幸いです」
歴戦のルーブル将軍達も、何か違和感を感じているのだろう……そう思うと不安が募る。私は何を見落としているのだろうか。
「殿下、お茶をどうぞ」
「わざわざすみません」
チャーリーさんがお茶を淹れてくれた。吊るされたランプが灯す僅かな明かりでは充分に伺えないけれど、なんだかルーブル将軍が満足げな気がする。わざわざお茶を準備してくれてたのかもしれないと思うと、無骨なだけの武官じゃない事が確かに感じられる。
「ところで、殿下のご下問とは如何なる内容でしょうか?」
参謀のゴーンさんが早速問いかけてくる。騎兵を主とした軍勢の関係者は即断即決を好むと聞いたけれど、彼らもそうなのだろう。もっとも、話が早いのは望むところだ。回りくどい後宮の人々より、よっぽど好ましい。
「では端的に。前回戦役を含め、これまでの反乱軍の動きは極めて合理的でした。今回はユアン将軍の堅実かつ慎重な行軍が功を奏していますが、もしこれらが不十分だったならば、反乱軍はより大規模な別働隊を派遣し、それらが我々の兵站線を脅かしていたかもしれません」
「ふん、亀のような行軍だったが、ユアンとて同じ轍を踏む訳にもいくまいからな」
ルーブル将軍が同意してくれる。彼は粗野なように振る舞うけれど、戦術、あるいは戦略にも造詣が深い。そして、チャーリーさんも続けざまに言う。
「まぁそのおかげで我らの参陣も間に合ったと言えますな」
「まぁ、そうだな」
そう……その通りだ。今回の第二次征伐軍派遣を強く推進した兄上は、わざわざ異民族戦線にいたルーブル将軍をも援軍として呼んだ。ただでさえ気難しいと評判の彼をどうやって説き伏せたのかはともかく、こうして着陣に間に合っている……いや、話が逸れたかな。
「はい、おかげさまでとても頼もしいです。ともかく、ユアン将軍の采配もあって、こうして反乱軍の選択肢を限定させて押し込んだ……とも言えます」
「殿下はそこにご懸念を?」
寡黙なコージーさんが鋭い眼光を私に向けて言う。思わず怯みそうになるけど、踏みとどまってどうにか不敵な笑顔を浮かべる。笑顔は万能の仮面だと、母上も常々言っていた。
「はい。彼らは我々の動きを読んでいるか、そうでなくとも想定していると思われます。従って__」
「一見無策に籠城しているのが、如何にも不自然だと言う事だな。それと、小僧……その薄ら笑いは止めろ」
……悔しいけれど、色々お見通しか。それでも私は皇族なのだから、仮初でも偽物でも威厳を保たないと。お腹に力を込めて、精一杯不敵に言う。
「これは失礼、この事態に気づこうとしない方々が多いのでつい……お気に召さなかったようですね」
未明の風のような冷たい空気が天幕が凍てつかせる。でも、ルーブル将軍はそんな物関係ないとばかりに苦笑した。
「ふっくっく……まぁ構わん。小僧の聞きたい事はだいたい解ったが、具体的に進めようか」
「はい、この状況が示唆するのは__」
私が、彼らがここに居るのは何か理由があるはずだ。白い悪魔……兄上はヴォルフガング・リヒターと言っていたが、今度こそ彼を討ち取る。そして囚われの師匠を助け出さないと。
未だ夜は明けず、戦場の空には大小の星々が集まって輝いていた。ある星は静かに輝き、ある星は不気味に明滅している。
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