第7話

 帝国軍前線屯営の広場にて、ささやかな宴会が開催されている。歓談の最中、帝国軍西征大将軍は無表情で思案に耽っていた。まだ辺りは明るいが、もう間も無く夕暮れ時だ。


 馬鹿げている。戦地で宴など、まったく馬鹿げている。こんなものは本来勝利後に行えば良いのだが、そうも言っていられない……俺は今、普段通りの鉄仮面を維持できているのだろうか。


「がっはっは!謹厳実直な大将軍閣下が酒席を設けてくださるとは、ありがたき幸せですぞ!」

「然り。これもツァーリ閣下のご采配による連勝の賜物ですな」

「誠にその通りです。それにしても、閣下が戦中に宴をお許しになられるとは少々珍しいですな」

「偶にはお主らを慰労したくなったのだ。あまり俺を堅物扱いすると懲罰部隊送りにするぞ」

「閣下が仰ると冗談に聞こえませぬぞ!」


 士気は落ちていない。当たり前だ、マーガトロイド公爵の頑強な抵抗は領境の関所要塞と領都包囲戦くらいのもので、それらも内応により降したのだ。したがって、損害はほとんど出ていない。それどころか、投降兵も併せれば総兵力はむしろ増えている。後方に配置した駐屯兵も含めれば8万を超える大軍団だ。頭痛がひどい。溜め息が出そうになるが、どうにか堪える。


「しかし、歴史上類を見ない大軍団にも関わらず兵站も万全。占領地の治安も驚くほど良いですな」

「これも帝国軍の威光によるものでしょう。何より、閣下が発揮された占領行政の手腕は誠にお見事。政戦両略に卓越した英雄がいらっしゃるのはとても心強い」

「うむ、まして後方を固めるのはティーゲル将軍ですからな。閣下のご師匠様を後方に配置出来る層の厚さよ」

「……」


 和やかな連中だ。和やか……戦地で?心臓の鼓動に合わせ、一瞬ズキリと頭痛が酷くなる。味わった事のない感覚だ。何かがおかしい、俺は何を見落としている?


「しかし皇帝陛下も人使いが荒いですな!リヒター子爵領まで併呑せよとは」


 皇帝陛下はもっとおかしい。いや、リヒター子爵に謀反の兆しありとして直ちに征伐するのは道理なのだが。大義名分、万全な兵站支援、圧倒的な戦力差。まさに天の時、地の利、人の和全てが揃っている……まただ、警鐘を鳴らしているかのように頭痛が酷くなる。首を振り、俺は自身に言い聞かせるように語りかける。


「勅命だからな、致し方あるまいよ」


 何だ?この感覚は。俺の身体が俺の制御を離れ、勝手に動いて勝手に言葉を発しているかのようだ……。

 ふと空を見上げると、見渡す限りに雲一つない穏やかな秋晴れが広がっている。俺の感じる違和感など何処にもないと嘲笑っているかのようだった。



 *****

 一方そのころ、シュタイナー伯爵領都にて、アレックス・シュタイナーはデスマーチ・オブ・ザ激務を片付けた自身と文官達を心の底から労い、ささやかな宴会を供していた。


「諸君、よく頑張った。僕らは生き残ったんだ。明日は休暇を与える故、宴を楽しんでくれ。乾杯!」

『乾杯』


 一見すると亡者の宴だね。もれなく隈を湛えた死相を浮かべながら、皆安堵している。心から喜んでいる。目を開けたまま寝てる者がいるかと思えば、無駄のない動きで酒を飲み干しては酒を酌されて、流れるように注ぎ返しては飲み続ける。わんこそばかな?


「Zzz……」

「はいじゃんじゃん」

「じゃんじゃんばりばり」

「おさけおいしい」


 うん、君たちはもう駄目だね。気持ちはよく解るよ。早く終わらせて眠ろう。


「ブライアン、生きているか?」

「※☆%々々○≡〜」


 何やらぶつぶつ言っているが、死んではないようだ。死ぬほど疲れているのだろうな。僕も疲れたよ……ん?玄関が騒がしいな。何かの知らせだろうか。


「伝令が到着しました。通して宜しいでしょうか?」

「よし、通せ……父上からだな?」

「はい、御前からです。お通し致します」

「ブライアン、再起動しろ」

「承知」


 ブライアンの目から光が消えた。うん、文官達も再起動したね。とても良い心がけだ、心強い。


「書状が二通あります。先ずはこちらを拝読せよ、と仰せつかりました」

「ふむ……支援物資第一陣が到着したとの事。報奨と休暇を与える故、英気を養えと」

「Zzz……」

「わーい」

「やったー」

「ばんざーい」


 間をおかず文官達が歓喜?する。ブライアンから書状を受け取り、目を通すと確かにそう記載されていた。おかしいな?嬉しいはずなのだけれど、違和感が爆発的に拡がり、それが猛烈な恐怖を呼び起こす。何が起きている……目線を上げると、二つ目を書状を読んでいるブライアンの様子がおかしい。彼は目を見開き、ワナワナ震えていた。


「ウボァー」


 ゴン!と勢いよくブライアンが突っ伏した。なに今の声。ブライアンが取り落とした書状を読んだ僕は。


「アバァー」


 ガン!と、やはり机に突っ伏した。勢い余って顔面で書状を突き破ってしまった。書類を放り投げ、僕が再起動するとブライアンも起き上がった。そして彼は狂ったように笑い声を上げている。フフフフハハハ……気がつけば僕もそうしていた。


「諸君」

『……』

「今日は飲もう」


 僕は泣いた。破れた書状を見た連中も、やはり泣いた。どうしよう、ヴォルフ印の胃薬はもう無いよ。

 書状にはこう書かれていた。捕虜を五万人余移送する故準備せよと。



 伯爵家嫡男は泣いた。伝令は阿鼻叫喚の宴をぼんやり眺めながら、まだ三通目の書状があるんだよなと思っていた。彼は伯爵から『連中が一晩寝て起きたら渡せ』と言われていたので、言いつけ通り黙って見守る事にした。今回彼は胃薬を三瓶持たされていた。

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