第3話
日は暮れて、空は漆黒。軍議は佳境に入り、おじさまはお疲れ気味だった。
セレナ嬢――いや、セレナ殿が険しい表情で息子に向き直る。その啖呵を切る姿は、まさにアマデウスのご息女にふさわしい威厳がある。おいアマデウスよ、口が開きっぱなしだぞ。お行儀が悪い。
「条件など無く、連れて行きたくない」
「条件は?」
「条件など__」
「何 な の ?」
「……」
セレナ殿の一言一言が、静かな緊迫感を持って空気を支配する。息子よ、これはもう無理だ。条件付き降伏を潔く選ぶがいい。おや、目が合ったな……腹を括ったか。その視線の直後、ヴォルフがセレナ殿を真っ直ぐ見据え、セレナ殿も応じるように睨み返す。空気が一層重くなるのを感じた。
「いいだろう。ならば条件を申し伝える」
「……どうぞ」
「私に決闘を挑み、私を打ち倒せ」
「あなたに決闘を申し込むわ。首を洗って待っていなさい」
この子ら容赦ねぇな。
***
おじさま方の笑い声が響き渡る作戦司令部で、青年は色々諦めた。
やはりこうなったか。何でこうなったんだ?私のせいだよ。いい加減にしろ。ザ・ブーメラン。突き刺さるねぇ。
「それでは、プランのご説明が一通り終わったら決闘という事でよろしいですね?」
「構わないわ」
「カーティス、気絶したふりはやめて訓練場に照明を準備させろ」
「承知」
よかった、死んでなかったか。んで、おじさま方が爆笑の渦から帰還しつあるようだな。袖で涙を拭いながら伯爵が問いかけてくる。
「娘がすまないね、ヴォルフ君。では君のプランを拝聴しよう。先程ジュウシンボウギョ戦術と言っていたね?」
「承知しました、縦深防御についてご説明します。この戦術は敵勢力を自勢力内かその近くまで引き込み、伸びて脆弱となった連絡線を迂回攻撃で破壊します。具体的には__」
この地も30年くらい前まで千年帝国なる意味のわからない国に統治されていたらしく、戦略や戦術が未発達なんだよな……訳が分からん。
***
夜も更けて、要塞内部の訓練場で自然体な青年と静かな闘志に燃える少女が対峙している。
「まったくふざけた作戦だわ。焦土作戦?ふざけるのも大概にしなさい」
「そちらは買収した公爵領の軍事指揮官が既に実行済みなので諦めてください。そのうちご紹介致しますよ?」
「くっ……」
いけない、またこの男のペースに巻き込まれている。落ち着け私。
「それで?あなたはその棒切れ一本で私を迎え撃つ気なのかしら?」
「はい。これが最も勝率が高いので」
…キレそうだわ。私の情緒は空の彼方にぶっ飛んだのね。この男は盾も無く、木刀一本を持って私に相対している。一方、私は鋼の片手剣とラウンドシールドを装備している。訓練用とはいえその重量は木製武器とは段違いだけど、木刀でどう太刀打ちするの?軽装で私に相対する彼の自然な所作が、不気味な威圧感を発している。
「ヒュー!言うねえ大将!」
「やかましい。決闘の場を茶化すな馬鹿者!それと言葉遣いをだな__」
破落戸……は言い過ぎか。ワイルドなイケメンとメイヤー殿が騒いでいるわね……。これも彼の作戦なの?いけない、落ち着かないと。彼に呑まれるな。私は彼に決闘で負けたことがないのだから。一度深呼吸して構えをとる。見てなさい……!
「早く始めましょう?」
「構いません。私が3本取るまでにあなたが1本取れたらあなたの勝ちとします」
『……』
皆が絶句している。コイツは決闘で無敗を誇る私に何を言った?父上とおじさま__子爵が呆け老人みたいな顔をしているけれど、これは私ももうダメね。
「オーケー上等よ。先手も私で良いかしら?」
「いつでも、どうぞ」
彼が言い終わる前に、私が踏み込む足音が訓練場響き渡った。ヴォルフよ、うっかり死んでくれるなよ?
***
少女はまさに神速の勢いで突貫し、青年の父親は恐れ慄いていた。
息子よ、お前ここで死ぬのか。いや俺より先に死ぬなよ。お父さんは怖いよ。なんで君たちはそんなに戦闘民族なんだい?山岳異民族や遊牧異民族より戦闘民族しているね。
ふと、セレナ殿が疾風のように動いた。その勢いはまさに神速。鋭い突進とともに剣を振り下ろす。
だが、ヴォルフは一歩、半歩と後方へ退き、木刀を僅かに傾けるだけでその攻撃をいなしている。
「何を……しているの?」
セレナ殿の攻撃が空を切る音だけが場に響く。観客席ではアマデウスが何か叫ぼうとしているが、その声は戦場の緊張感に掻き消される。そして次の瞬間、正面から打ち合うかに見えたと思えば流れるように懐に入って回避した!?もはや剣を振り下ろした姿勢のセレナ殿に勝ち筋はなく、そのままヴォルフに手首を取られた。
観衆が静まり返る中、ヴォルフはセレナ殿の手首を極めながら拘束して背後に回り、木刀を首筋に軽く当てる。そして耳元で囁くように宣言した。
「一本目だ。次をどうぞ」
訓練場が思わずどよめき、集まっていた兵士達から歓声があがる。テラスに居た数人のメイド達は黄色い声をあげ、ロジャーかな?誰かが『よっ、色男ー!』とか言っているな。
「参った。貴殿……何をした??」
「燕返しだったかな……?申し訳ないが、私もうろ覚えです」
「なんなんだ一体……」
「ご安心を。一度使った技はもう使いません」
「貴様……」
セレナ殿の打ち下ろしに合わせて打ちにいったように見えたが……成程、あれは両手剣でなければ成り立つまいな……と思っていたら激しく肩を揺さぶられた。アマデウスよ、興奮するのは構わんがそれで良いのか?お前の愛娘が負けたのだけれど。
「おい!クリストフ!今何が起きたんだ!?今すぐ解説しろ!」
「落ち着け、今のはナントカ返しです。私もヤツとの模擬戦闘でやられました。てこの原理を用いて刀が打ち合わされる直前で捻ってかわし、返す刀で籠手を打ち据える技だったような。しかし籠手を打つのは躊躇われたのでしょうな、無手で間接を極めて決着とは。息子はユー○ューブで見たとかなんとか言ってましたが……」
「ユー○ューブとかいう兵法書を寄越しなさい」
「そんなもの知りません」
アマデウスもようやく落ち着いてきたか。やめろ、手を離せ。本当に私も知らんのだから。なんだよユー○ューブって。ほら、もう2試合目がはじまる……と思えば、背を向けて開始位置に向かっているヴォルフにセレナ殿がもう仕掛けてる。しかし彼女の剣は空を切り、そうかと思えばセレナ様の模擬剣が宙を舞っている。あれもやられた事があるな。回転運動がどうとか言っていた気がするが……。
「……」
「技名は私も覚えていないが、剣道で体系化された、回転運動を使ったような技術だった……はずです」
「……もう使わないんだな?」
「使いません。あなたに同じ技は通じません」
なんなのケンドウって。剣の道?お前に対して、悪魔に魂を売って禁断の知識を得ただの未来を見渡しただの言われているのを押さえ込んでる母さんや私を知っている……よな。お前は知っててやってる。マリアよ、私たちの息子はもう駄目だ。そもそも生まれたその時からやりたい放題だったもんな。
一方アマデウスは鋭い目でヴォルフを見たかと思えば、今度はケンドウなる兵法書を求めて吠えている。
「ケンドウだと⁉︎その兵法書を寄越せ!」
君うるさくない??
「……まだ返し技を持っているの??」
「さて、次の手合いで解るでしょう。あえて申し上げれば、次は小細工なしで参ります」
「もう油断はしない……」
「では開始の合図はどうします?」
「……」
む、もう最終試合か。さて……セレナ様は2度先手で仕掛けて返し技にやられたからな。では開始の合図でも。
「よし!俺がコイントスするからそれで!」
ロジャーか、流石によく見ている。次は長丁場になるかもしれんな。
「構いませんか?」
「構わない。やってくれ」
「オーケー、見合って見合って……」
ロジャーが懐から銀貨を取り出し、軽やかに弾いて空へと放った。その銀貨が宙でくるりと回転し、地面へ落ちるまでの一瞬、場の空気は完全に静まり返る。
*********
「よーし!それじゃあ行くぞ!」
ロジャーが高らかに声をあげると、一同の緊張がピークに達した。小さな銀貨が指先で弾かれ、高く舞い上がる。それが地面に落ちる直前、二人は互いに構えをとり、眼差しに宿る火花が再び戦場の空気を引き締めた。
地面に銀貨が跳ねる音と同時に、セレナが動いた。だが、これまでとは異なる動きだ。突進ではなく、間合いを保ちながら鋭く刈り取るような足運びで、少しずつ距離を詰めていく。剣先が小刻みに揺れ、その軌跡は油断ならない。
一方、ヴォルフは微動だにせず木刀を水平に構え、彼女の動きを観察している。焦る様子は一切なく、むしろ次の一手を見定めているかのようだ。
「冷静ね……だけど、それが命取りよ!」
セレナ殿が一瞬、隙を作るように見せかけたその刹那――ヴォルフが前に出た!空気を裂く音が響き、両者の武器がぶつかる。だが、そこでセレナは巧みに剣を引き、反撃の隙を作らせまいとする。
その場面を見た観衆からどよめきが起こる。
「おいおい……あの二人、本気でやってるのか?」
「これ、訓練用の武器じゃなかったら、間違いなく命を落としてるぞ……」
戦いは激しさを増し、音速のような攻防が続く。セレナの剣が鋭く振り下ろされるたび、ヴォルフは紙一重の動きでそれをかわし、逆に木刀を振り抜いて反撃を試みる。しかし、その一撃を彼女は盾で受け流し、再び距離を詰める。
「あなたの戦い方、何か変ね……」
「変ですか?」
「まるで……相手に合わせて、力を抜いているような気がするわ」
その言葉にヴォルフの口元がわずかに歪む。
「それはどうでしょうね。セレナ殿が強すぎるのか、私が弱すぎるのか……」
「……ふざけてる!」
その瞬間、セレナが再び剣を振り下ろし、ヴォルフの頭上を狙う。だが、その一撃は虚空を切り裂き、彼の体が滑るように後方へ下がる。
「動きが遅れている……いえ、違う……」
セレナの剣先が彼を追うが、絶妙な間合いで届かない。その様子に観衆の中からも疑念の声が上がる。
「なんだ……これ?」
「ヴォルフ様、相手をからかってるのか?」
そして次の瞬間、ヴォルフがふわりと木刀を肩に担ぎ、柔らかな笑みを浮かべながら言った。
「セレナ殿、失礼ながら、この試合はここで幕引きとさせていただきます」
――その言葉と同時に、彼の姿が消えた。
いや、正確には彼の動きがあまりにも速すぎて、目で追えなかったのだ。そして気づいたときには、彼の木刀がセレナの剣を打ち払っており、同時に盾を弾いていた。
「なっ……!」
そのままの流れで、木刀の柄が彼女の喉元を掠め止まり――。
「三本目、私の勝ちです」
彼の声が場内に響き渡る。
観衆は沈黙したまま、誰もが今の瞬間を理解できないでいた。やがて、その静けさを破るように、一人の若い兵士が叫ぶ。
「すげえええええ!!!」
それを皮切りに場内は歓声に包まれた。カーティスやロジャーも手放しで拍手を送る。
「すげぇ!これがケンドウってやつか!?」
「いや、これもう魔法の域だろ……」
兵士たちがざわめき、アマデウスは目を輝かせながら叫ぶ。
「ヴォルフ君!その兵法書――いや、『ケンドウ』とやらを全軍に伝授してくれ!」
「断ります」
「即答かよ!」
敗北を受け入れたセレナは悔しそうな表情を浮かべながらも、潔く剣を納めた。そしてヴォルフに一言だけ告げる。
「次は勝つわ。覚悟してなさい」
「お待ちしております。その際は、ぜひ手加減をお願いいたしますよ」
――彼の穏やかな笑みを見て、セレナ殿はもう一度剣を抜きかけたが、それを見たおじさま達がが慌てて止めに入った。
踏み固められた訓練場の地面には、いくつかの靴型が刻まれていた__。
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