第2話
会議は踊り、少女は複雑な心境だった。
子爵親子を恐縮させてしまった。彼らが公爵領を併呑する為に、座して滅ぶのを見届けたのかと考えてしまった私は薄汚れているな……。あるいは、私は彼の怠慢を期待していたのかな?まぁ、少なくとも嫉妬はしているわね。彼はいつも完璧なように見えて、あまりに孤高だ。そんな彼を許容出来ない私はなんて狭量で愚かなのだろうか……。
ふと幼い頃の記憶が脳裏をよぎる。あのときも、彼は一人で庭の奥で佇んでいた。私が駆け寄ると、少しだけ微笑み、そして空を見上げて言ったのだ。
「……セレナ、星って面白いよな。明るいけど、手に届かない」
そんな風に話す彼が、どこか遠い存在に思えて悔しかった。でも、その次の瞬間には__。
「でも、星が見えなくても、君がここにいるから構わないな」
そう無邪気に笑う彼が、なぜだかたまらなく羨ましかった。そして、少し……憎らしかった。
幼少期の彼は無邪気で孤高だった。それが悔しくて、憎らしい。でも、その無邪気さに救われたことも、一度や二度ではない。そう、彼が無邪気で孤独で孤高なのは今も変わらない。
もしかしなくても、私は彼を孤独にしたくないし、彼に必要とされたいのかな……いけない、こんな事考えてたら顔に出てしまう。ダメだ、今もぼんやり見つめてしまった……ヒクつく口元を根性でねじ伏せる……よし。おや、暫時瞑目していた彼が目を開いた。つい先程まで恐縮していたとは思えない、堂々たる有様はまさしく彼らしい。
「とはいえ、無策ではありません。いくつかのプランは用意してあります」
『まぁそうだろうな』
まぁそうだろうな。皆同じ考えのようだ。
「私のような小心者にプレッシャーをかけないで頂きたいですが……今のところ、帝国軍は総兵力4〜6万と思われますが、これを完全に粉砕する予定です」
彼は自身を小心者と自認しているらしい……いつもの事だけれど、冗談で言ってる訳ではなさそうなのよね。
「……我々の連合軍は合わせても2万に満たないが、何をどうやったらそんな予定が立つんだい?」
「はい。順を追ってご説明しますが、2〜5万人の捕虜が出ると思われますので、先に食料支援をお願い致します」
「ヴォルフよ、それはあまりにリスクが高い……なぜ捕虜がそんなに出るなどと断言するのだ?」
「……」
父上、空いた口が塞がらない模様。お行儀が悪いですよ?それにしても、子爵とヴォルフの掛け合いは流れるように滑らかね。
「もちろん何一つ確証はありませんが、粉砕した帝国軍を残らず埋めるのも如何なものかと思いまして」
『……』
ん?子爵の口も塞がらなくなったようだ。ヴォルフのプランについて子爵もご存知ないの??父上が引き攣った表情で応じる。
「何する気なんだ……伝令、アレックスに蔵を開けて2〜5万人分の食料輸送を計画、実行するよう伝えろ」
「期間はどうなさいますか?」
控えていた執事のライアンがすぐに返答する。伝令も駆け寄ってきて父上の元に跪いた。
兄のアレックスは仰天するだろうが、こなしてくれるだろう……そう思いながらヴォルフに目線を向けてみると、彼は淡々と答えた。
「出来れば半年分をお願いしたいですが、3ヶ月分もあれは充分でしょう」
「では3ヶ月分提供し、もう3ヶ月分貸し付ける事にしよう。利子は取り立てるからな?あと胃薬を2瓶よこせ、1瓶アレックスに届けさせる」
「はい。利率は実務者たちでお取り決めください。父上、宜しいですな?」
「……私は目が回りそうだよ。いつも通り、よきにはからってくれ」
「承知しました、復唱致します、2〜5万人分の兵糧6ヶ月分を輸送手配するようお伝え致します」
伝令が復唱する。ぼんやり眺めながら思ったが、なんと鋭く果断な人々だろうか。父上は話しながら指示書を作り、もうサインを済ませて伝令に手渡している……胃薬はヴォルフ殿がポケットから出して手渡した。あなたいつも胃薬やら鎮痛薬やら持ち歩いてるわね……。それにしても、父上やリヒター子爵がまさに当主らしい振る舞いを見せるのは道理だけれど、どうしてヴォルフは彼らと対等に接せられるのだろうか。彼は私と同い年だけれど、とても信じられない。少し悔しいけれど、彼が指し示す次の一手を思うとワクワクするわね。
「ヴォルフ殿、あなたが立案したプランは聞かせてくれるのかしら?」
「……あなたの耳に入れるのは気が進まない。あなたには特に失望されたくないので……」
彼は心底困ってしまったのか、苦笑いしながらこう答えた。まったく、この男はどうしてこう、私を振り回すのかしら。いけない、少しニヤけてしまったかも。それを隠すように問いかける。がんばれ私。
「……というと、非道なプランという事ね」
「その通りです。敵軍を粉砕し、そのほとんどに敗走すら許しません。しかしご安心を。私が実行するのですから、非難を受けるのは私です。作戦はごく単純な縦深防御戦術ですが、素直な効果を発揮するでしょう」
ゾッとした。それはおそらく……。
「あなたが1番危険なの?」
「はい、正確には前線の兵士たちが最も危険ですが、私が指揮をする以上私も同じように危険でしょう」
目の前が真っ暗になった。気がつけば、私はこのように答えていた。
「実行にあたって条件があるわ」
ヴォルフの言葉に耳を傾けながら、私はどこか心ここにあらずだった。彼の策はいつも冷静で的確だが、それだけでは済まされないはずだ……。
***
会議はなおも踊り、青年も複雑な心境となっていく。少女は一瞬眉を顰め、青年はそれを見逃さなかった。
夕日が赤いなー……カラスの鳴き声が間延びして響きわたる。こんな時間だよ、お腹空いたよ。私の都合など一切関係なく時間は進み、そして要塞に駐屯する兵士たちが動き回る音や気配が、私を現実に引き戻す。
怒ってるよな……私の言葉が気に障ったのもそうだが、彼女はそんな単純ではない。おそらく、複雑な感情が渦巻いた結果引き起こされた怒りなのだろう……だから言いたくなかったんだ。きっと今の私は無様に狼狽しているだろうが……気を取り直す。がんばれ私、条件とはおそらくこうだ。彼女が口を開くのに合わせ、私も合わせて発言した。
『私も連れて行きなさい』
『……』
「たすけて」
『……』
沈黙。父上は、天を仰いで白目剥き、伯爵ついに理解を拒む……うん、五七五七七成立。
伯爵よ、聞かなかった事にしたいのだろうが、それは私の方だよ……お前がこの女を育てた上こんな所に連れてきたんだろう?誰か何とか言ってくれ。おーい、だれかー、たすけてー。
「……あの、お嬢様」
「私はヴォルフ殿に聞いているわ」
救世主メイド秒殺。役に立たねぇな。いつも私をお嬢様を誑かす害虫のように扱ってくれていたが、今回は私も同情するよ。
「セレナ?」
「……」
パパ秒殺。伯爵を睨み殺すのはやめなさい。伯爵が普段発する威厳に満ちた様子からは想定しにくい、子煩悩なパパモードだ。やはり彼は立派な人物だよ。
「その、セレナ嬢……」
「その呼び方は不愉快です」
父上秒殺総員滅殺、父は空気でマジ滅び。
……令嬢扱いすら拒絶か。しかし、私はただでは降伏せんぞ……多分いずれ無条件降伏するが、それは手を尽くしてからだ。私が口を開くのを察したセレナ殿が、私に対して先んじてこう言った。
「条件があるのでしょう?」
その声は驚くほど静かで、それでいて確固たる響きを帯びていた__。
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