危急存亡の春(2/5)

 流石に「重要な情報」が彼のィンスタアカウントだとは思わなかった。

 あの場面で呼び止めたのだから、てっきり大層な話が聞けるのだと身構えたばかりに、肩透かしを食らった気分だ。

 生憎僕はアカウントを持っていなかったので、今日中に作って彼をフォローするということになった。…最初に登録されるのアイツかよ。なんか不覚だな。別にいいけど。


 こんな精神状態で僕はロッククライミングをしているんだ。同情はいくらでも歓迎する。真似だけは勧められないが。

 さて、もう少しで頂上だ。15mはないくらいだろうか。命綱がないため、落ちたら危険が危ない。僕一人ならいいが、客人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。既に遭っているわけだし。そのため、ゆっくりめのペースで登り、ファイト一発。


「はぁ~、つっかれたぁ…」


 ようやく全体重を地面に乗せられたので、ほっと一息をつけた。

 よし、早速大人に診てもらおう。


 重い講堂の扉を開けると、大勢の人が座っているのを横から見れた。

 どうやら僕の現在地は講堂の後ろ端のようだ。

 こっそり入り、辺りを見渡すと、一番後ろにナース服らしき格好をしている美人がいたので、小声で話しかけてみた。


「あの…すいません。この子頭を打って怪我してるんですけど、診てやってくれませんか?」


「あら、何事?…もしかして外から来たの?」


 魅惑的で、尚且つ上品さを感じさせる声で返答してきた。見た目は若く見えるのに、この大人びた雰囲気はどうやって…と、そんなことに興味を持ってどうする。


「ええ。ちょっとお互い遅刻しちゃって…」


「それはそれは…いいわ、後は私に任せなさい。あなたは空いているところに座って、話を聞いているといいわ」


 お礼を言い、僕は空いている席を探す。後ろの方は埋まっているようなので、前列しか空きがないようだな。抜け足差し脚で向かうとしよう。

 落ち着きが産まれたからか、教壇らしき場所に立つ人の声が、ようやく耳に入る。


「…と、そんなわけで、貴様らがが見たものが幻想でもなんでもなく、事実であることが分かっただろう。だが安心しろ。我々は決して、武力を無闇に披露しない」


 …これガイダンスだよね?何の話をしてるんだ。


「ただ、ルールには従ってもらう。如何せん、ここは地球上でもっとも自由な場所といっても過言ではない。だが、自由は時に、秩序を乱すんだ。だから、ルール違反は厳しく処罰することにした。例えばそう、重要なガイダンスの日に遅刻をするなどという、愚行はな…」


 耳が痛いな。今からでも耳鼻科に向かってUターンを決めるべきか?


「そんなわけで今日、我々は見せしめを兼ねて遅刻者を蹂躙することに決めた。そう、貴様らがUFOと呼んでいる例の乗り物でな!見よ、この映像を!!!」


 え、僕の推理当たってたの?マジで遅刻者殺そうとしてたの?ヤバいよこの大学…


 ってか映像ってもしや…


 ざわ…ざわ…と会場がどよめく。

 それもそうだ。前方のスクリーンには堂々と、鉄屑が無意味に映されているのだから。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?!?!?な、なにが起こってるんだ!?こ、故障か!?」


 今だ!


 全員の視線がスクリーンに釘付けになっている隙に、僕は最前列の唯一空いている席に座った。


「横失礼するね」


 小声で隣人に挨拶する。…でかっ。横を見ても腕しか見えなかった。


「ん?う、うむ。というか、いつの間に現れたんじゃ…」


「まあまあ。細かいことは気にしない」


「そ、そうか…」


 堂々たる態度を取れば、割と高い確率で相手は不本意でありつつも納得してくれる。18年の人生で培った対人スキルだ。極稀に役立つ。


「ま、まあこういう日もある。だが忘れるな。ルールは絶対。それだけだ。あとの行動は自由。大学生らしく、行動に責任を持ちながら、自由に青春を謳歌し給え。私の話は以上だ。では、学長にマイクを移す」


 UFO墜落というトラブルがあったが、なんとか誤魔化せたようだ。後々壊した犯人探しなどが行われないのを願う。


 宣言通り、次にマイクは学長に渡った…渡ったのかこれ?僕の目には、教壇に宇宙服を着た人間しか映っていないが…

 え、もしかしてあれが学長?えぇ…


「皆さん。UUU、またの名をトリプルユ―大学へようこそ。まだ創設されて間もない大学ですが、よくぞ皆さん、ここに入学することを決めてくださいました。ここを選んだからには、外では味わえない数々の経験を積み、将来に活かしてほしいものです」


 見た目の割には、話すことは普通だな。まだ本題に入っていないようだし、少し隣人と話をしよう。感じている違和感の共有をしておきたい。


「ねえ、この大学に入ったのって、もしかして招待状を貰ったから?」


 僕の学力は、お世辞にも褒められるものではない。というか、単刀直入に言うと馬鹿だ。そこは自覚している。真面目に授業を受けていなかったからな。

 そんな僕がこの大学に入ったからくりは、まさに今言った招待状だ。


 去年、ポストに投函されていた謎の封筒。送り主はUUUと書いており、調べると創立2年目の大学という情報のみ手に入れられた。

 どうやら招待を受けた者は、書面に同意したうえで必要事項を記載し、封筒を返送することによって、ここに入学が出来るという。

 それも入学金、授業料、生活費…全て工面したうえで、だ。

 怪しさ満点の誘いであったが、どうせ卒業後の進路を何も考えていなかったので、面白半分で送ってやった。まさか2日後には入学のご案内が来るとは思わなかったが…


「ん?うむ。当然、わっちはすぐに入学の意思を伝えた。条件が破格でありんしたし、ここはわっちが学びたいものを獲られるらしいからのう。まさか面接も試験もなしに入学が決定するとは思わなかったのじゃが…」


 どうやら彼も僕と同じようだ。

 話が美味すぎる…

 しかし現にこうして、僕達は無事に入学ができている。殺されかけてはいるが…


「なぁんか怪しくない?招待される理由も、ここまで優遇される筋合いもないんだよね。僕に凄い実績があるわけでもないし。精々運動が得意ってくらいだよ。そっちは?」


「わっちも…強いて言うなら日本語が得意って部分かのう?幼少期から勉強しとったんじゃ、今では五感全てで完璧に理解できんす」


「匂いと味も分かるの?そりゃすげーや」


 流石に冗談だろうが、実際凄い。

 文脈を読み取ると、恐らく彼は留学生。日本好きが高じて学ぶに至ったのだろう。

 外国語は興味を持てねば身につかないからな。僕の英語の成績が物語っている。

 ただ…


「う~ん…かといって、じゃあ好待遇を与えますってなると、なんか違うよね」


 運動が得意、日本語がペラペラ。だからといって、大学に入れるかとなれば、絶対に違う。1000人に1人の逸材という訳でもないんだから。


「それもそうじゃな。わっちも不思議に思っておる。理解に及ばないことが立て続けに起こっておるんじゃからな。後ろの連中についてもただただ恐ろしいのでありんす」


「後ろ?」


 彼の真意を確かめるべく、僕は首を120度くらい回した。


 そこには…


「…ん?え、えぇ…???」


 直ぐに行動をなかったことにした。これ以上見続けると、危険だと直感で理解できたからだ。


 なんせそこには、


 


 生物はいたぞ。地球上に存在しているか怪しい存在ばかりだがな。

 それこそ、先ほど墜落したUFOから全員降りてきたと仮定したほうが納得いく。


 ようするに、あれは間違いなく…宇宙人だ。


「あれ…流石に着ぐるみ、な訳ないよね」


 既にUFOを確認している僕は、宇宙人を否定する根拠がない。


「うむ。とにかく、わっちらは学長の話を真剣に聞くべきじゃな。きっと説明を聞けるはずじゃ」


「それもそうだね」


 やり取りを終え、僕たちは意識を学長に戻した。まだ他愛ない話の最中であったので、重要なことは聞き逃していないようだ。


「えー、そろそろ本題に入ります。まずは皆さん、何故この大学がUUUという名前なのか、ご存じでしょうか。公式サイトにもフルネームは載っていませんからね。知らない方が殆どでしょう。UUUとは、Universal University of Unidentifiedの略です。日本語に直訳すると、宇宙UMA大学。UMAは和製英語ですが、語感が良かったので校名に採用致しました。名の通り、UMAを研究する大学です」


「…………マジ?」


 最初に出た感想は、たった二文字であった。

 されど、僕の心情を大いに表現できている。

 横の男も顔を引きつらせながら、無理やり笑顔を試みている。

 無理もない。これが冗談でないということは、どんな鈍感馬鹿でも理解が出来るんだから。


「こんな事実…招待状に書いてあったかや?」


「覚えてないけど…多分ないよね」


 僕たちのやり取りに答えたという訳ではないだろうが、タイミングよく学長が続けた。


「実は、5年前から我々は地球に上陸していました。ただ、地球人は外の星を知りません。我々の存在が明るみになれば、大きな混乱を産むと予想されました。ですので、我々は政府と秘密裡にコンタクトを取り、協力して学び舎を創設することに決めました。宇宙人に対する理解を深めた人間が増えれば、我々は堂々と表舞台に立てるようになると考えられるからです。今日まで情報が伏せられていたのは、こういった事情があったからですので、ご理解を願います。ですが、皆さまには宇宙と地球の架け橋、そういった存在となるよう、成長を期待しています」


 ここで学長は話を区切った。

 今言ったことを噛み締めて欲しいという算段があるのだろう。

 話をしていいという雰囲気が出来たため、やがて会場内はざわ…ざわ…と話し声が広がった。


 …さて、どこまで信じていいのやら。

 判断材料が少ないのが厳しいな。


「どう思う?この話」


「ううむ…知らぬ内に地球は大変なことになっておったんじゃな…攻撃して来ないだけありがたく思うべきなのかや?」


 地球をはるかに上回る宇宙人の技術力。

 僕達なんて余裕で滅ぼせるだろうに、こうして大学を建ててくれた。


「確かにね。でも、考えるべきじゃない?、わざわざここに大学を建ててくれたのかを」


 今度こそホワイダニットの出番だ。謎を明かすのに必要なハウとフ―はもはや説明不能。本人が明かしているうえに、否定材料もない。

 顎に手を当て、思考を巡らせてみる。

 自分にメリットのないことを、人は、宇宙人は率先してやるだろうか。

 僕はそう思わない。

 証拠はない。ただ、断言はできる。

 宇宙人たちは大学を建てた真の理由がある。


 何故”大学”なのか。

 何故”僕達”を招待したのか。

 何故”国の政府”という存在が奴等に分かったのか。


 まだまだ疑問点は多くある。


 知りたい。


 好奇心が刺激される。


 暴きたい。


 ………おもしろそう!


 僕の疑問に思考を巡らせてくれたのか、しばらく隣人は考えるような仕草をして、やがて口を開いた。


「そうでありんすな。まだ真意は分からぬし、警戒は解かぬ方が良さそうじゃ…とりあえず、続きを聞くとしよう」


 相槌を打ち、再度学長に目を向ける。


「考えがまとまったでしょうか?一先ず、先に進ませてもらいます。この大学のシステムについて説明します。皆さん、学生証を手元に置いてください」


 学生証は寮に引っ越した日に受け取った。

 写真は髪染めをする前の僕が写っており、今よりも大分男前だ。


「作り自体は他の大学の物を参考にしてありますので、似たようなものとなっておりますが、二つ違いがございます」


 違いか。

 どれどれ…記載されている項目は…名前、学籍番号、所属。ここまでは普通だな。

 地味に、僕が宇宙総合学部の学生という情報が判明した。

 そんな学部名だったのか…

 違いとやらも発見できた。「貢献度pt」と「残機」という項目。他の大学の学生証は見たことがないが、このような項目はないだろうな。

 それぞれ”10”と”5”という数値が記載されていた。


 隣の男とも互いに確認したが、違いは名前と写真、そして学籍番号のみ。

 全学生共通の値なのかもしれない。


「まず一つ目に、貢献度ポイントというものがあります。研究に対する貢献度を基に、ポイントを与える制度です。これが高ければ高いほど、大学内での待遇は良くなりますし、より多くの研究に携わるチャンスを与えられます。詳しくは本日中に配布される便覧をご覧ください。尚、卒業要件にポイントを獲得するという条件はないため、自分自身のスタンスで研究に関わってくれて構いません」


 ふ~ん…中々面白い制度だな。

 自由参加ではあるものの、研究に協力すればメリットが生まれるのか。

 研究の貢献…大方”被検体”を良い風に言い換えただけだろうが、興味がないわけではない。というか、普通になってみたい。

 どういった研究内容かは事前に精査する必要がありそうだが…


「では次に、残機についてです。皆さんも気になっているのではありませんか?先ほどのUFO、あれが壊れていなかったらどうなっていたのかを。答えは簡単で、ビームによって殺されたでしょう。いえ、少し訂正します。致死量のダメージを負わされた、という表現にしましょうか」


 似ているようで全くもって違う意味になるな。

 後者であれば生死の有無がはっきりとしていない分、救いがありそうな感じがするが…

 ただ、これが残機という言葉とどう関係あるかが分からないな。


「何故改めたのかというと、この島にいる人間は、死ぬことがないからです。とある星で確立された蘇生術を応用しました。病気と寿命による死以外は、回避が可能になります」


「マジかよ。ちょっと一旦死んでもらっていい?」


「嫌に決まっておるじゃろ。なんつー物騒な提案じゃ」


 今直接確かめることは叶わなそうだ。


「死に至るダメージを体が受けた場合、体がこの次元から消滅します。次元の狭間でゆっくり時間をかけて体を回復させ、保健室で復活できます。目安では死後24時間ですね」


「ほんとならすごいなぁ…でも、自ら進んで死にたくはないよね」


「うむ。骨折だけで痛いんじゃ。仮に復活が保障されたとしても、死にたくはないのう…ぬしはわっちにそれを勧めておるわけじゃが」


「まあまあまあまあ」


 視線が痛かったので適当にあしらい、話の続きを聞く。


「我々のサービスは蘇生にとどまりません。島には特殊な電波が発せられており、皆さんの痛覚を鈍感にします。言葉では伝わりにくいと思いますので、是非ご自身のお身体でお確かめください」


「へ~…それなら早速」

「ふむ…ならわっちも」


 右手で大男の頬をつねると、同時に僕の頬も彼によって伸ばされた。


「…ぬしの動きは読めておったぞ」


「やるじゃん。で、痛みの方はどう?」


「痛く…ないでありんす。しっかりと抓られている感触はあるのじゃが…」


「だね。僕も同じ感想だよ。感覚はあるのに、痛みが殆ど感じられない」


 そう言うと、僕たち二人はお互いに指を解放した。

 流石にこれ以上間抜けな顔と声で会話をしたくなかったからな。


 やはり周囲も同じようなことをしていたようで、再度会場はどよめきで満ち始めた。

 面白いことに、どよめいているのは地球人のみだ。明らかに宇宙人のような見た目をしている奴らは、さも当然なことであるかのような態度をとっている。

 宇宙規模では普及している技術なのかもしれない。


 蘇生と超回復…科学者たちが喉から手が出すほどに欲しい技術だろうな。


「今の話に嘘がなかったことは実感できたでしょう。この大学はその特性上、どうしても怪我や事故が起こります。これらの技術は、皆さんが伸び伸びと学生生活を送るためのサポートと思ってくだされば大丈夫です。…とはいえ、この技術を悪用されては困ります。多くは語りませんが、事情を察することはできるでしょう。そのための残機です。これがゼロになってしまえば、蘇生の権利は消えます。それだけではありません。これ以上の在籍は危険と見なされ、退学処分を受けることになりますので、皆さん、残機にはよく注意しておいてください」


 まあ、普通なら5回も死ぬことができないんだから、その処分は妥当だな。

 …そういや、学生証にある数値は頻繁に変動しそうだが、勝手に更新されるのだろうか。気にしても仕方ないか。


「もう一つ、学生証についての説明がありました。入金制度です。皆様には長期休暇以外の日を、殆ど島で過ごしてもらいます。不自由ないよう、必要な施設は全て揃っておりますので、ご安心ください。それらの施設では、すべて支払いを学生証で行ってもらいます。現金はご利用できません。大学側は必要十分な資金を毎月学生証に振り込みますが、どうしても足りない場合は、研究手伝いの報酬を得るか、ご自身の口座から入金するといいでしょう。支給済みのスマートフォンとも連携しておりますので、上手にご利用ください」


 先ほど少し言及したが、大学は生活費まで支給してくれる。

 それも返済不要で、だ。

 至れり尽くせりだな。

 だからこそ僕は入学を決めたんだけど。


「えー次に…………………」


 …………………………あ、ダメだこれ。


 まだ学長は話を続けている。でも…


 眠い………


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