星を拾う

らむね

星を拾う

 湖のほとりを訪れるのは、菜々子の毎週の楽しみだった。

 街の明かりが届かないこの場所では、夜空が鮮明に広がり、無数の星が輝いていた。湖面に映る星々は、本物の星と見紛うほどだった。

 その夜、菜々子はひとりで湖のほとりに座っていた。冷たい風が頬を撫で、静寂の中に波紋の音だけが響いている。

 手には古いペンダント。亡くなった祖母から譲り受けたもので、小さなガラス玉がついていた。「星みたいね」と祖母が笑顔で語った言葉が、今も耳に残っていた。

 菜々子は湖面をじっと見つめた。水面には無数の星が映り、まるで水の中に宇宙が広がっているようだった。


「一つくらい持ち帰れたらいいのにね」


 思わずつぶやいたその瞬間、声が空気を揺らして、湖面が静かに揺れた。

 その瞬間、一つの光が菜々子の手元に滑り込んできた。

 菜々子が驚いて手を伸ばすと、それは小さな星のように見えた。まばゆい光を放ちながらも、触れると温かく、柔らかな感触があった。


「夢……じゃないよね?」


 菜々子はその光を両手でそっと包み込んだ。星は彼女の手の中で優しく脈打っているようだった。不思議な気持ちに包まれたまま、彼女はそれを家に持ち帰った。

 翌朝、菜々子は庭にその星を植えてみることにした。祖母が生前、大切にしていた花壇の一角だ。星を土の中にそっと埋めると、眩い光が一瞬だけ放たれた。そして翌日、驚くべきことが起こった。埋めた場所から小さな芽が顔を出していたのだ。

 その芽は日に日に成長し、独特な輝きを持つ葉と枝を伸ばしていった。数週間後には、一本の木となり、夜になると星空と同じような光を放ち始めた。その光はやさしく温かで、見る者の心を癒すようだった。

 菜々子の家にはいつしか人々が訪れるようになった。「星の木」を見たいという人が後を絶たなかった。


「あの木は、私と祖母を繋ぐものなんです」


 菜々子はそう言って、光る木を静かに見守った。木は夜ごとその輝きを増し、周囲に不思議な安らぎをもたらしていた。

 あの湖で星を拾ったのは、偶然だったのだろうか。それとも、もしかしたら祖母が菜々子に残した最後の贈り物だったのかもしれない。

 木の輝きを見つめるたびに、菜々子はそっと胸のペンダントを握りしめるのだった。

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