第2話

自転車を小坂道に停めると、諏実は目の前に広がる海に見入った。風は緩やかで、心地よく髪を揺らし、肌を撫でる。その風景を一瞬にして心に刻むように、彼女は海の広がりを見つめた。青い海と青い空が境目なく繋がり、遠くの水平線がどこまでも続いている。その景色は、美しく、そしてどこか魅惑的な開放感に満ちていた。


「すごい…こんなに青。」


彼女は小さくつぶやき、海と空の境界線を見つめる。海の色は空の青をそのまま映したように深く、白い波が浜辺を静かに洗っている。その波の音と、遠くのカモメの鳴き声が、どこかで心地よく響いていた。


自転車を降りて、海岸へ向かって歩き出す。砂浜を少し歩き、木陰のような場所にレジャーシートを広げると、諏実は腰を下ろして、ふと空を見上げた。太陽の光が優しく照りつけ、青空に浮かぶ雲がのんびりと流れている。


バッグの中から、さっきコーヒー豆屋さんで買ったばかりの新しい豆を取り出し、シートの隅に小さなアウトドア用コンロをセットする。これは、彼女がアウトドアに行くときに欠かせないアイテムで、小さなガス缶を使ってお湯を沸かすことができる。コンパクトで軽いけれど、意外にも本格的にコーヒーを淹れることができる優れものだ。


まず、コンロにガス缶をセットし、ボンベの栓を開ける。小さな火がコンロの上に灯り、すぐに鍋の中の水が温まり始めた。諏実はその間に、コーヒー豆をミルで挽き始める。手動のミルがコーヒー豆を静かに砕き、香りが立ち上がってきた。それは、海の風と一緒に漂ってくるような感じだった。


「良い香り。」


ミルで挽いた豆をフィルターにセットし、沸騰したお湯を少しずつ注ぎ始める。コーヒーの粉がふわりと膨らみ、湯気とともに香りが一層豊かになる。じんわりとした芳香の密度を諏実にもたらしてくれる。


「これで、やっと…」


コーヒーが出来上がるのを待ちながら、諏実は空を見上げた。風はさらに優しくなり、海波音が可愛く耳に届き自然と心を落ち着けてくれる。コーヒーの香りと波響が混ざり合い、ゆっくりと空気に溶け込んでいく。


コーヒーをカップに注いで、ゆっくりと一口飲むと、深い苦みとほのかな甘みが口いっぱいに広がった。波の音とコーヒーの味が、ゆるやかにリンクしているようで、していないようで。諏実は目を閉じて、その瞬間をしばらく味わう。


「こうして、自然の中で飲むコーヒーは、やっぱり格別。」


静かな海の景色、優しい風、そしてゆっくりと流れる時間。諏実は心の中で静かに感じていた。どんなに忙しい日々の中でも、このひとときがあるから、また頑張れるのだろうと、自然と体がリラックスしていくのを感じた。


コーヒーをもう一口飲み、カップを置くと、海を静かに眺める。遠くに小さな白亜船が浮かんでいるのが見え、空の端に浮かぶ雲が少しずつ形を変えていく。どこまでも広がる海と空、そして、この青さ、が彼女にとってはとても大切なものであることを再認識させられた。

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