3.演奏が始まる。
営みの後、束の間の睡眠。僕は夢を見た。 白い真っ白な部屋。出口はない。猿が一匹。目の前には、鍵盤ハーモニカの鍵盤部分。息を吹き込まなくても音は出るようだ。大きなサイレンが鳴り、僕も猿も耳を塞ぐ。鳴り止み、2人は(正確には1人と一匹)は鍵盤を境に対峙する。猿は出鱈目にドレミを弾き始めた。 どこかでこの部屋の音を録音している。どこかから監視されてるのもわかる。そうだ、これ確かあれだ。猿が出鱈目にタイプライターで打った文字がシェイクスピアと同じ文章を打つかみたいなことだった気がする。それを勝手に僕の頭は変換して、音楽バージョンのようなものにしているのだ。猿がキーキー鳴き始めた。 僕は
「いいからやれよ」、と
何故か強気で猿に当たる。一つ言葉が溢れた後、口が止まらなくなる。
「いいからやれよ、ベートーヴェン超えてみろよ、出来るもんなら。猿ごときに出来てたまるかよ。俺だって弾けないことがお前に出来てたまるか、なあ?出来てたまるかって言ってんだよ。どうせ出来ねぇんだろ?なあ、やれるもんならやってみろよバーカ。」
猿は僕の言っていることなんかわからないから、出鱈目にドレミを弾き始めた。音楽でもなんでもない、音の羅列。不快だ。本当に不快だ。弾き方も雑で叩いてるだけに見える。 「ほら見ろ、出来るわけないんだって。やっぱ所詮、猿は猿だよ。人間様とはわけが違うんだよ。悔しかったら弾いてみろバカ」 猿はずっと続けている。演奏をずっと続けている。僕も行き場がないから聞かざるを得ない。やがて、部屋に穴が空き、僕は脱出ができると思い、その穴に自ら落ちに行く。演奏する音がどんどん遠くなり、もうほぼ聞こえない頃。一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。 ベートーヴェン『歓喜の歌』の1フレーズが聞こえた。 たまたまなのか、僕の耳がそう聞きたがっただけなのか。でも僕はそれを絶対に認めたくなかった。
「今の僕はめっっっっちゃ幸せなんだ!!!!この幸せを感じることはお前には出来ない!いいか!絶対に出来ない!僕は幸せだ!!僕は幸せなんだー!!!!!」
汗をかき目を覚ます。朝5時56分。 君は僕のそばで眠っていて、テレビがついている。やがて星座占いが始まり、僕は2位、君は7位だった。僕のラッキーカラーは青、君は黄色。6時を示す音楽が流れ、僕はまた君の匂いを嗅ぎながら微睡に入る。
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(もう一度見た夢は、どこかのコンサート会場。顔が見えない生き物が、壮大な演奏をしている。僕は最前列で嬉しそうにしている。喜びたくないのに嬉しい、つまり歓喜の声を上げている。それは今でもおぼえているくらい、良い夢だった。)
でもなんだかすごく悔しい気持ちで目が覚めた。目を覚ますと、もう君は大学に行ったらしい。僕は一人でぼーっと起き上がり、昨日の片付けを始めた……。まるで昨日をやり直すように。
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