第5話

薫緑は、飲み物をすっかり飲み終えると、そろそろ帰る時間だと感じ、地面に目を落とす。まるでここで過ごす時間があっという間に過ぎ去ったような気がして、少し名残惜しくもあった。太陽はまだ高い位置にあり、その光が木々の葉を透かし、地面に模様を作っている。少しだけ、名残惜しさを胸に抱きながら、公園を後にしようと思った。


立ち上がり、足元を軽く踏みしめると、ふと後ろから音が聞こえた。振り返ると、あの猫がいつの間にか薫緑のすぐ後ろに寄り添っていた。触ろうとして逃げた猫が、何故か、そのままついてきている。鳴くこともなく、ただ静かに歩くその姿が、どこか不思議だった。薫緑は少し驚きながらも、足を進めると、猫もまたその足元にぴったりとついてきた。


歩き出すと、猫の足音が軽やかに続いた。二人だけの静かな足音が、広がる公園の景色を少しずつ遠ざけていく。公園を後にするその道は、さっき歩いた道、そして何度も通った帰り道だったけれど、今日は少し違って感じられた。猫がついてくるからだろうか、周囲の景色が、猫の存在とともにゆっくりと変わっていくような気がした。途中、道端に咲く小さな花々が風に揺れ、ほのかな香りが漂ってきた。薫緑は黙って歩き続ける。猫は、時々立ち止まり周りを見回すが、すぐにまた薫緑の歩みについてくる。


歩みを進めるうちに、道の向こうに自宅が見えてきた。家に帰ると、また一日が終わるのだということが実感として湧いてくる。その気持ちは軽やかに感じられた。まるで、公園の風景が心に残っているように。足元を見ると、猫は相変わらずついてきていた。気づけば、薫緑の歩くペースに合わせて、一緒に歩いているその姿は、まるで小さな共犯者のように感じられた。けれども、言葉を交わすことはなかった。ただ静かに、二人だけの時間を共有しているようだった。


帰り道を歩いていると、猫は時折、草むらに顔を突っ込んで匂いを嗅いだり、道の脇に転がっている小石を追いかけてみたりして、そんな仕草が少し、おかしかった。薫緑はその様子を見守りながら、ふと思った。猫がついてくることは、きっと何か意味があるのかもしれない。そんな感覚が心の中に広がった。


少し歩いた先で、猫はまた少し前を歩き、道の脇の小さな塀に飛び乗った。そして、薫緑が歩く方向をじっと見つめている。薫緑は、その姿をしばらく見ていたが、やがて立ち止まり、猫に向かって微笑んだ。猫は静かに振り返り、その後、道を横切り、近くの家の塀を越えて走っていった。


薫緑は少し寂しい気持ちになりながらも、家に向かって歩き続けた。猫の残像が、少しだけ心を温める。再び家の扉が見え、帰宅する準備を整えるその足音の中、何とも言えない完終感が心に広がっていった。

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