第2話
公園の空気は一層、静けさを増していた。木々の間に光と影が織り交ぜられ、辺りはほんのり薄淡青色に染まり。川の音が心地よく響き、時折風が葉を揺らす音が耳に届く。その音すらも、どこか遠くから聞こえてくるようで、すべてが穏やかで、時間の流れが遅く感じられる場所。
薫緑はベンチに腰を下ろし、少しの間、静かな空間に身を委ねていた。手に持っていた飲み物の瓶が、すっかり冷たくなり、冷たい水が喉を通るたび、心臓の鼓動がわずかに響くようだった。ふと視線を上げると、目の前にひとつの小さな影が近づいてきているのが見えた。
それは、ひとりぼっちで歩く猫だった。小さな体にふわふわの毛並み、足音もほとんど聞こえないほど静かに近づいてきた。猫は一度、薫緑の長いスカートの足元をじっと見つめ、何かを感じ取ったように立ち止まった。目は金色に輝き、すべてを見通すような、無言の静けさが漂っていた。
「こんにちは…」薫緑は自然と声をかけてしまう。猫は少し首をかしげると、ゆっくりと近づいてきた。背中の毛が少し膨らんでいるが、それは警戒心からくるものではなく、ただその場の空気に合わせているようにも見えた。
猫が近づくと、その体から漂う香りがふわりと鼻に届く。土の匂い、風の匂い、そしてどこか懐かしい、柔らかな毛の香り。それが心地よくて、薫緑は少しだけ目を閉じて、その感覚を味わった。
猫が足元まで来ると、少しだけ顔を上げ、薫緑の方に軽く顔を近づけてきた。薫緑は、猫の目をじっと見つめながら、そっと手を伸ばす。けれど、猫は一瞬、立ち止まり、そしてすぐに後ろに跳ねるように距離を取った。
「逃げちゃうんだね…」薫緑は小さく笑いながら、手を引っ込めた。それでも猫はその場にとどまり、少し距離を取って、再び座った。しばらくそのままでいると、猫の目が再び主人公を見つめてきた。その目には何かを訴えかけるような、静かな意志が感じられた。
薫緑は、猫の座る場所から少し離れた場所に、自分の飲み物を置いてみた。無意識のうちに、その行動が猫にとって何か意味を持つかもしれないと感じていたからだ。
猫はその置かれた瓶を一瞥すると、少し首をかしげる。その後、猫はゆっくりとまた近づき、今度は少し警戒しながらも、手元に近づく。それでも、手を伸ばすことはなく、ただ目の前で静かに座り、薫緑を見つめ続けた。
その様子を見ていると、薫緑はなんだか不思議な気持ちになった。自分が猫に自然に手を伸ばしている姿勢が、どこか心を癒すように感じる。猫が自分をどう思っているのか、全くわからないけれど、その距離を保ちながらも一緒にいるということ自体が、何かしら心を落ち着かせてくれた。
風が吹くと、木々の葉がカサカサと音を立て、少しだけ枝が揺れる。猫は、その音に反応することなく、じっと動かずに薫緑を見ていた。その姿は、空気そのもののように静かで、何も語らずに存在している。主人公は、その猫の無言の存在に言葉を紡ぐ。
「君も、こうしてここにいるだけでいいんだね。」薫緑はつぶやく。猫は何も答えない、その静かな存在は有と無を従えているようだった。
時間が流る、日差しがさらに柔らかくなっていく。空には淡青色が広がり、ほんの少しだけ日が傾き始めていた。猫はゆっくりと、再び立ち上がり、少しだけ歩いては振り返る。薫緑が立ち上がる気配を感じ取ったのだろうか、猫はふと立ち止まり、そしてもう一度、薫緑を見つめた。
その後、猫はゆっくりと歩き始め、数メートル先の茂みへと姿を消した。薫緑は、猫が去っていくのを見送りながら、どこか胸の中に温かな感情が広がっていくのを感じた。猫との触れ合いは、何も特別なことをしていないけれど、静かな安らぎを与えてくれるものだった。
薫緑は再びベンチに座り直し、空を見上げる。猫との、その小さなやり取りが心に残る。そして、もう一度、ふわりと風が吹き抜けて、木々の葉が舞い上がる。その音に身を委ねながら、薫緑はしばらく、ぼんやりと高い空に浮かぶ雲を数えるのだった。
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