第32話伊織の怒り

「さて、帰るか」




俺は氷華の姿を探していたが、彼女から今日は用事があって、会えないというメッセージをもらって、帰る事にした。




電車に乗って帰途につく。




最近は毎日氷華と一緒に道場に向かっていたので、久しぶりの一人での下校。




何となく寂しい。




氷華のおかげで人間不信が払しょくできそう。




女性不信も治るかもしれない。




つむぎが改心してくれた事は俺に安堵を与えてくれた。




そんな時、不意にスマホに通知が現れた。




『氷華さんが危険!』




次の瞬間、スマホのメッセージアプリの電話機能が鳴った。




マナー違反だが、俺は慌てて電話に出た。




「伊織君! 大変なのですわ!」




「どうしたんだ?」




相手は結菜だった。通知も結菜からだった。




「藤堂君につけた式神と宮本さんにつけた式神が校舎裏に向かっているのですわ」




「あの二人が陰で何をしようが俺には関係ないよ」




藤堂はつむぎと別れた訳だし、俺にあいつの宮本さんとの関係に口出す権利はない。




例え、宮本さんの演技で、俺がまるで犯罪者であるかのような事になっていたとしても。




藤堂が例え犯人だったとしても、二人の関係を暴いても意味がない。




俺の無実が証明される訳じゃない。




そんな事を思っていると、衝撃的な言葉が耳に入った。




「氷華さんが校舎裏に向かっているのを見かけましたの」




「なんだって?」




「氷華さん。危険ですの。きっと、伊織君の無実を証明する為に二人に接近しているのですわ」




「わかった。直に行く」




「急いで。でも、もしかして電車の中ですの?」




「何とかする。ありがとう結菜」




そう言って電話を切ると、ひんしゅくをかっていると知りつつも電車の窓を下げる。




幸い、上半分だけ開けられるタイプ。




古い車両で良かった。




「き、君、何をする気だ?」




中年のおじさんが俺に声をかける。




俺の行動に不審を感じたのだろう。




いい大人だ。尊敬に値する。




だが、俺は行かなきゃならない。




自分を信じてくれた人の危急の時にのんびりとなんてしていられない。




「ちょっと、君、止めたまえ!」




「きゃあああああ!」




俺が電車の窓から飛び降りる気だと知れて、悲鳴があがる。




「死ぬ気じゃないです。友達がピンチなんです」




「・・・命を懸ける程の・・・か?」




「命をかける訳じゃないです。でも、友達が大ピンチなんです。それに、俺は少々武術の心得があります。おそらくこれ位のスピードなら飛び降りても平気です」




「わかった。なら、後、一分待て。もうじきカーブにささしかかって来る。電車のスピードも落ちるし、広い避難場所があった筈だ」




「ありがとうございます。助言に従います」




「君は探索者なんだろ?」




「ええそうですが、どうしてそれが?」




「私も探索者だった。友人が仲間を助けに向かった時、同じ目をしていた」




「そうでしたか、それで、その仲間さんは?」




「・・・死んだよ。二人共」




「俺は死にません」




「ああ、死ぬな。死んだら許さん」




は。許さんって、あんたに何の得があるんだ。




でも、嫌いじゃないぜ、おっさん、そういうの。




「じゃ、行ってきます」




「ああ、行って来い!」




おっさんの言葉に見送られて、電車を飛び降りる。




受け身を取って、上手く転げる事が出来た。




「よし、骨は折れてない。上出来」




骨の一本位は覚悟していたから、御の字。




「せやッと」




校舎の三階位の高さの電車の高架から飛び降りる。




やはり受け身をとって、上手く着地する。




なんか、全然大丈夫なような気がする。




俺は着地と同時に一路学校へひた走った。




☆☆☆




「伊織君! ここですの!」




校舎裏の体育倉庫の前で結菜が待っていた。




「私が来た時にちょうど藤堂君が倉庫に入って、鍵を中からかけたみたいなのですわ」




「わかった、今すぐ中に突入する」




「でも・・・鍵が」




「任せろ」




今の俺は何でもできる気がした。




ドアのノブを無理やり回すとねじキレた。




「ああ、メンドクサイ!」




思わずそう叫ぶと、ドアを思いっきり蹴とばした。




ズガーンンン




かなりの破壊音と共にドアは木っ端みじんに壊れた。




煙の中で俺が目にしたのは、無遠慮に氷華を押し倒し、太ももを触っている藤堂だった。




「俺の氷華に何してんだ?」




「あ・・・来てくれた・・・んだ」




全く、醜悪なものは何処までも腐ってやがる。




藤堂に組み伏せられ、あられもなく衣服は乱れ、その白い肌が露わとなり、艶めかしい両脚が露わになっていた。氷華の目には涙が・・・。




目に涙を浮かべた女の子に乱暴とかありえねぇだろ?




「ば、馬鹿な!」




「な、なんでここに・・・」




「鍵はちゃんとかけた筈。なんで?」




事情は少し聞いていた。




氷華が俺の為に身体をはってくれた事。




乱暴されても、俺の為に証言する事を誓ってくれた事。




「ち、違うの伊織!」




「つむぎ。お前はもういい」




「だから違うの! 信じて!」




信じるも信じないもない。




他でもなく、つむぎ自身が語っていた氷華への制裁。




どんな理由があろうと不条理に女の子に乱暴するなんて考えがあって言いわけがない。




「お前ら、自分達が何をしようとしていたのかわかっているのか?」




「おいおい、とんだ勘違いだぜ。この女は自分から股開きたいって言ったから応じてやっただけだぜ」




「そうよ。この子がどうしてもというからこんないかがわしい動画撮る事になっただけよ」




全く、今度は氷華を演技で貶めるのか?




「もう一度言う、氷華はそんなヤツじゃない、侮辱するヤツはただでは済まさん」




「馬鹿か? 俺達Aランクの大半を敵に回す気か? この女にそんな価値があるとでも思っているのか? 先日の大会もどうせバグだったんだろ?」




「そうよ! この子は伊織を誑かそうとしたの! 散々男と遊んでいて、今も藤堂君に媚びをうって、最低な女なんだよ! 伊織ならわかってくれるでしょ? わかんないの!」




「わかる訳ないだろう!!」




わかる訳あるか! クズの考えなんてな。




「この子はビッチよ! 伊織に色目を使って、藤堂君にも! そんな女なんだよ」




「そうよ。あんたの事も罠にはめようと提案してきたわよ。案外、この子が例の犯人かもよ」




「Fランクのお前らがなれ合う気持ちもわかるが、本当に信じられるのかな?」




「______氷華は信じてくれた」




「は?」




「あんた、馬鹿?」




「伊織は弄ばれてるだけだよ。きっと大勢そうやって誑かされてきたんだよ!」




馬鹿だと? 馬鹿はどっちだ?




簡単な事だ。




「俺達は二人共Fランクだ」




「は? Fランク?」




「嘘でしょ? この女Fランクなの、受けるんだけど?」




「伊織。この女はクズなんだよ。私はFランクだからって馬鹿にしないから」




「______クズなのはお前の方だろ?」




「ひッ!」




「こいつ遠まわしに強者に媚びろと言ってるのがわからん馬鹿なのか?」




「馬鹿はお前らの方だろ? どんな理由があろうと女の子に乱暴するようなこと許されることか? 俺は無抵抗で目に涙を浮かべているような子を乱暴しようとするようなヤツらは決して許せないんだよ! だから死ぬ直前位まではぶっちめるから覚悟しろや!」




「けっ! 正義の味方気取ってんじゃねぇ! 馬鹿も極まるとすげぇよな! ・・・そんなに言うならな、俺に土をつけて見せろや!!」




次の瞬間、藤堂が距離を詰めて来る。




講道館柔術か?




こいつも俺と同じで古武道をやっている。




「い、伊織・・・あたしの為に無理しないで。あたしはいいから・・・」




氷華が俺を心配して見当違いの言葉を俺に投げかける。




いつもの様に任したと言って欲しいものだぜ。




信用ないのか、俺?




「いいから、黙って助けられとけ______ すぐに終わるしな」




そう言って藤堂を投げ飛ばした。

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