約束

「ねぇさくら。クリスマスプレゼント、何が欲しい?」

「なんでもいいの?」

「もちろん」

「じゃあ、クリスマスの朝、ここに連れてきてくれる?」

「いいけど、それだけ?」

「うん。それでね、しばらくひとりにしてくれると嬉しいな」

「えっ」

「お願い」


 クリスマス。

 俺が受け持つ期間にある、俺にとってはなんということもない1日だが、この地域の人間たちにとっては、特別な日のようだ。そういえば、前の担当地域でも、クリスマスという日には多くの人間たちが楽しそうに過ごしていたっけ。


 そんなことを懐かしんでいる俺に、小さな声が聞こえた。


「あなたも、来てね」


 見れば、さくらが俺を見て微笑んでいる。


「あなたとお話がしたいの」


 その隣では、はるきが不機嫌そうな顔で俺を睨んでいたが、俺は構わず頷いた。

 俺も、さくらと話がしたかった。

 謝りたかったんだ、ずっと。

 謝ったって、許されることではないけれど。



 クリスマス当日の朝。

 はるきに連れられて、車椅子に乗ったさくらがやってきた。


「こんなにしなくても大丈夫だよー、はるき君」

「ダメだよ、さくら。体を冷やすのが一番良くないんだからね」


 コートやら毛布やらマフラーやらで、さくらはモコモコになっていた。

 そこまでするほど人間にとって寒くは無いはずなんだけど。だって俺、そんなに気温下げられる力、無いし。

 過保護か、はるき。


 そんな過保護はるきは、俺をひと睨みすると、さくらをその場に残して離れていった。はるきの姿が見えなくなったのを確認し、俺はさくらの前に出た。


「よかった、来てくれて」


 さくらが嬉しそうに笑う。


「来いって言っただろ」

「やっぱり聞こえてたんだ?」

「まぁな」


 なんだか照れくさい。ていうか、やりづらい。

 人間と話すのなんて、初めてだから。


「あなた、人間じゃないよね」

「なんで?」

「だって、私が小さい頃から少しも変わってないし。冬の間しか見かけないし」

「だったらなんだ?」

「冬の精さん、かな?」


 ふふふと笑うさくらの額は、汗で光り始めていた。こんなにモコモコにされたんじゃ、暑くて仕方ないに違いない。俺は力を込めて、さくらの周りだけ少し気温を下げてやった。


「私ね、小さい頃から何度も同じ夢を見ているの。その夢の中では私は桜の木でね、その夢には必ず冬の精のあなたが出てきた。それでね、私に雪の花を見せてくれるって、約束をするの」


 雪の花。

 今の今まで忘れていた、俺の夢。

 人間に生まれ変わっても、あの桜が覚えてくれていたなんて。


 体の奥に鋭い痛みが走った。

 何かにヒビが入るようなピシッという音が聞こえたような気がした。


「すまない」


 さくらの前に跪き、俺は頭を下げた。


「桜の木だったお前を殺してしまったのは俺だ。人間に生まれ変わったお前の体が弱いのもおそらくは俺のせいだろう。お前には本当にすまないことを」

「違うよ」


 俺の顔にさくらの温かい指先が触れた。

 と同時に、体の奥からせきを切ったように力が溢れ出し、全身を満たす。


「ただ、あなたに会いたかった。あなたとお話がしたかった。そして、あなたの咲かせる雪の花を見てみたかった。それだけよ」


 花が咲くように、さくらは笑った。

 俺は『心』が完全に溶けた事を確信した。


 今ならできるかもしれない。

 さくらに見せてやれるかもしれない。


「見るか? 雪の花」

「えっ? できるの?」

「わからない。でも、やってみる」


 さくらから少し離れ、俺はうたた寝をしている木を見つけると、その場でありったけの力を解放した。

 急激に気温が下がり、空気中の水分が雪となって、さくらの上に舞い落ちる。


「わぁ……雪……ホワイトクリスマス!」


 さくらが嬉しそうな声を上げる。

 俺は更に力を込め、うたた寝中の木の枝先に集中した。


 理想とは程遠かったが、なんとか形になったのを確認し、車椅子のさくらを木の枝に近づけると―


「わぁ、綺麗……これが、雪の花」


 感動の声を上げ、さくらは目を潤ませて俺を見た。


「ありがとう!……ええと」

「いいからもう寝ろ」


 鼻のてっぺんが赤くなったさくらの頭に手をかざすと、さくらの頭はガクリと前に落ち、深い眠りについたようだった。


「おい、いるんだろ。早く連れて帰れ」


 俺の言葉に、はるきがすぐに姿を現した。姿は見えなくなっても気配はずっと感じていたから、近くで待機していたのだろう。


「さくらに何をっ!」

「約束を」

「は?」

「それと、謝罪」

「寒っ! なんでここだけこんなに寒いんだ!? もしかしてキミ、また力を暴走させたのか!? 全く、全然変わってないじゃないか! 勘弁してくれよもう」

「だから早く連れて帰れって」


 しっしっと追い払うように手を振ると、俺は2人の前から姿を消した。

 俺がさくらとはるきに会ったのは、これが最後だ。

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