希望

 その後すぐ、俺は念願の北の地へと異動になった。その地域では正に冬の精が主役。1年のほとんどを、俺が受け持つこととなった。

 封を解かれた力を思う存分に発揮し、気温を下げる。辺りはどこもかしこも、雪や氷だらけで真っ白だ。


 最初は嬉しかった。

 なんて美しい世界なんだと思った。

 俺は自由で強い力も持っていて、そこいら中に好きなだけ美しい雪の花を咲かせまくった。

 だけど、次第に寂しくなった。俺は孤独だった。

 ここには、俺に言葉をかけてくれる存在なんて、何もなかった。

『心』を持つことができたからこそ手に入れられた力。でも、力を使えば使うほど『心』は孤独を感じて、俺は……

 酷くみじめに感じたんだ。

 いくら美しい雪の花で地を埋め尽くしても、『心』は少しも満たされる事が無かった。


 俺は次第に力を抑えるようになっていた。この地に息づく命を思って。次に引き継ぐ季節を考えて。

 四季の精の神様が、なぜ『心』を持たなかった俺に力を与えなかったのか。なぜ、凍りついた『心』の俺の力を封じたのか、ようやく分かった気がした。

 こんなに辛いなら、『心』なんて持たなければよかったと思った時もあった。力なんてもういらないから、俺の中から『心』を取り出してくれと。

 だけど、それはもう無理なことも分かっていた。この『心』を手放すことなんて、俺にはできない。だってこの『心』は、俺が夢を叶えるためにあの桜が命をかけて俺にくれた大切な贈り物なのだから。


「次は、満開の雪の花を見せてね」


 時折、あの桜の声が聞こえる気がするんだ。気のせいなのかもしれない。だけど、その声は日に日に大きくなってきているようにも思う。


 もし。

 もし今度また人間に生まれ変わったら。

 今度こそ強い体を手に入れて、ここまで俺に会いに来い。

 そうしたら思う存分、満開の雪の花を見せてやる。

 ついでにあの春の精も連れて来るといい。

 桜にはやっぱり、春がお似合いだからな。


 この北の地には、ごくたまに物好きな人間が白銀の世界を見に訪れることがあった。だからあの桜も、もしかしたら。

 今の俺を支えているのは、こんなささやかな希望だ。


 あぁ、そうだった。

 あと、俺を支えているものがもうひとつ。


 ……次はちゃんと、あの春の精にも、礼と謝罪をしなくちゃ、な。

 お前、全部分かっててあの桜を俺のところに連れてきてくれたんだよな?


 end

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