第3話

「それは私の書いた論文ですが、もしかして興味を持ってくれましたか?」


振り向いた先にいたのは、能力学の担当をしていた飛山がいた。いつもと変わらぬ顔付きでコチラを見ているが、いつにも増して目線が鋭く感じた。


「それは魔物の進化について書いたものです。少しばかし、それを読んだ君がどう思ったのか。気になってしまいまして。」


「いやぁ、少し目に入っただけで………。」


確かにこの内容には気になる点が多くある…。が、どうしても口籠ってしまって、うまく言葉を言える自信がなかった。


「せっかくなのでわかりやすく要約しましょうか。」


「はい」とも「いいえ」とも言えずに、その本の表紙を眺めていた。

すると、飛山は本を指さして言った。

「魔物の進化——それは推測などではなく、私がこれまでしてきた記録を元にした理論です。例えば、魔物は環境や相手に応じて形態を変化させたり、新たな性質を得たりするのです。」


「……それって本当ですか?魔物が変化するなんて初めて聞きました……。」


質問を投げかけると、一瞬の間を置き、飛山は静かに頷いた。


「知らなくても当然です。人々は魔物を単なる脅威としか見ていない。誰もその本質を見ようとしないのだから。魔物の進化を示唆する事例もあります。これを。」


飛山はポケットから小さな手帳を取り出して、僕に向けて差し出した。

「その青い付箋のページを開いてください。」


指示通りにページを開くと、幾つかのメモ用紙の切り抜きが貼ってあった。


『◯年◯月◯日、この魔物は、炎を操る特一年の生徒との長い戦いの中で火に対する耐性を持つようになった。更には、生徒と同じような火を噴く能力得たことを確認した。』


読んだだけでは疑わしいような内容だった。


「それは、私が実際にこの目で見て記録したものです。他にも、魔物が戦いで切断された部位を再生する際に、元よりも強靭な形態になって復活したケースもありました。」


飛山の言葉に、僕は息を呑んだ。


「これは単なる回復ではない。進化という形で、魔物が環境に適応する能力です。それこそが、魔物の本質というものなのです。」


背筋が凍る。魔物が人間の脅威であるというだけではなく、こちらの戦力によって進化するのだとしたら、こちらはそのうち、為す術もなくなってしまうのだろうか。


「もしそうなら、人間は魔物に勝てなくなってしまいませんか……?進化し続ける相手にどうやって勝てば……。」


思わず口を開けてしまった僕の言葉に、飛山は少しだけ口角を上げた。それが嘲笑なのか、それとも別の意図があるのか、僕にはわからなかった。


「そうですね…、このまま放っておけば、人間が魔物に勝つのは不可能になってしまいます。」飛山の声はどこか冷たかった。

「けれど、人間には異能力があります。それを使って魔物を押さえ込んでいる間に、こちらも研究を続けなければなりません。私はそのために研究を続けています。」


気がつけば、烏がカアカアと鳴いて窓の外は少し薄暗くなっていた。

「もうこんな時間になってしまいましたね。明日の能力学は一限です。遅刻しないように。」

僕が考え込んでいる間に、飛山は部屋を出ていった。

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