第2話 駆竜との出会い


「お、おい……!」


 少女を抱えたままの青年など、およそ戦闘がきるような様子ではない。

 戦う力の無い一般人が近づかないように誘導するのが仕事であったのだろう警備の男からの制止の声を無視して、私達は最前線へと向かって突き進む。


 私の生きる理由。私が生きていくための理由。

 竜という存在に私の人生は染まってしまっている。


 大人しく遠巻きに眺めているだけだなんてできるはずがなかった。


「降りるか?」


「このままの方が近くで見られると思うんだけど」


「あのな。お兄ちゃんにもできることとできないことがあってだな」


「ふーん。できないんだ」


「は? できますけど?」


「だったらこのままね」


 人を抱えたまま戦闘をすることの異常さなんて知る由もなかった。

 だって、お兄ちゃんはできることだったから。


「ま、カッコいいところを一番近くで見てもらえるって考えれば良しか」


「あんまり痛くさせちゃダメだよ」


「それは無理。流石のお兄ちゃんでもそれは無理」


 駆竜くりゅうは他の竜種に比べれば小さいとはいっても竜は竜。

 私よりも大きな身体を持った駆竜くりゅうが迫ってくる圧迫感は中々味わえるものじゃなかった。


 数は……十匹以上はいる。

 街の中に入ってきているのがその程度ってだけで、防壁の向こう側にはもっといることだろう。


 想像しただけでも楽しくなってくる。


「あ、あなたは……!?」


「ちょっと失礼しますよ、っと」


 しかしまずは見えている駆竜を大人しくさせるのが先。

 流石に目の前で困っている人達を見捨てるほど根性は腐っていない……と思いたい。


「きゃっ」


「やっぱり降りた方がいいんじゃ」


「いい」


 つい、お兄ちゃんの激しい動きに声が出てしまっただけ。

 駆竜にダメージを与えようとするには相当のエネルギーが必要であることくらいは理解できる。


 お兄ちゃんが足蹴りで対処するしかない状況である原因は私。

 私を抱えているせいで武器を使えない以上、文句など言えるはずなかった。


「ってお兄ちゃん、来てる! 来てるよっ!?」


「駆竜の動き方をじっくり見られる良い機会、だろ?」


 仲間の仇ということなのか。

 一匹の駆竜が一直線に向かってきているが、何故かお兄ちゃんは動かない。


 いくら竜が好きとはいえ、少なくとも今はこの身で竜の一撃を受けてみたいとは思わない。

 普通、避けるなり先に攻撃を仕掛けるなりするだろうとお兄ちゃんの正気を疑ってしまう。


 かぱぁっ、と開いた駆竜の口が迫って。

 そして寸前のところで視界から消えて。


 目を閉じたとかではなくお兄ちゃんが避けてくれたわけだが。

 え? 大丈夫? 私の鼻先食べられちゃってない……?


「ははっ。流石のリリィでも怖いか」


「あったりまえでしょ! 何考えてるの!?」


 呑気にも笑うお兄ちゃん。

 確かにお兄ちゃんにとっては危なくないのだろう。私には怪我の一つも負わせない自身があるのだろう。


 だがしかし。私は今、心臓が破裂しそうなくらいバクバクしています。

 バチを持ったふんどし姿のおっさんが嬉々として私の心臓を打ち鳴らしているのですが、どうしてくれるんですか?


「知ってるか? 竜ってのは怖い生き物なんだ」


「知ってるわよ! ……知ってたつもりになってただけだったけど」


「そう。リリィはそんな怖い生き物の世界に飛び込んでいきたがってたんだ」


 ちゃっかりと。飛びついてきた駆竜は着地の隙を見て足蹴りをお見舞いしているお兄ちゃんである。


 右へ。そして左へ。まばらに散っていた駆竜へと急接近。

 今までに感じたことの無い加速度に身が縮こまる。


「……今度からリリィに抱きついてもらいながら戦おうかな」


「流石にその発言はキモいが過ぎるよ、お兄ちゃん」


 そんな会話があった間に屠った駆竜の数は如何程か。

 既に街へと入ってきていた駆竜の半分以上はお兄ちゃんが屠っていた。


 必要以上に私を怖がらせたのは最初の一回だけ。

 それからはひっきりなしに自分から動いて、駆竜を蹴り飛ばしていく。


 もしかしたら私達二人だけであったらもっとじっくりと戦いを見せられていたかもしれないが、今はそうじゃないのだ。

 今のところ駆竜に襲われて怪我をしている人はいないみたいだけど、ぐずぐずしていたら被害が出てしまうだろう。


 私を優先してくれるお兄ちゃんだけど、私への勉強よりも街の被害を防ぐことに天秤が傾いたということ。

 妹のためなら誰が犠牲になろうとも構わない! なんて言い出したりしていたら怒っていた。


「あとは――」


「あっち!」


 私が言わなくても残りの駆竜の位置くらいは把握済みだったんだろうけど。

 指を差すよりも前に身体を動かしていたお兄ちゃんは、一言ありがとうと言ってくれて。


 それがなんだか自分も役に立てたみたいで嬉しかった。

 完全にお荷物なのに、どうしてかこの時の私は浮かれてしまっていたのだ。


「っ、うおぉ!!」


 威嚇するように。完全に怯えてしまっている警備の人。

 でも、逃げ出したりなんかしないのは凄いと思った。


 今にも駆竜が飛び掛かってきそうなのに自分の身よりも、街のことを考えての行動なのだろうか。

 責任感。たとえそういった感情があったのだとしても。


 私はあの人みたいに誰かの為に行動できる日が来るのかな、と。ちょっぴり不安になっちゃう。


「ちょっと失礼」


 何度目のセリフか。お兄ちゃんのレパートリーの無さに可笑しくなってしまう心を抑えて、最後の駆竜との戦闘を見届ける。

 全部を通して足だけでの攻撃だったから代わり映えはしなかったけど、何度だって見たくなる迫力があった。


 痛そうだとか、可哀そうだとか。そういった感情がない訳ではないが人に害を成す存在であるのならば致し方なし。

 竜への憧れは私だけのもの。誰かに押し付けようとは思わない。


「あ、ありがとうございますっ! 助かりましたっ!」


「お礼はいいですから。避難誘導とか……その、まだ色々やることがあるでしょう?」


 ひとまずは。人見知りがちょっと出ているお兄ちゃんのおかげで街に入ってきた駆竜の処理は完了した。

 注目されるのは好きくないお兄ちゃんは寄ってくる警備の人達を仕事をしろと散らしていく。


 勿論、私を抱えたまま。

 そして警備の人達が自分の仕事を思い出し方々へと向かっていった頃。


 駆竜との戦闘に巻き込まれないように離れていた群衆から私達の方へと歩いてくる美人さんが一人。

 気付いてもなるべく視線を向けないようにと、お兄ちゃんは足早にその場を離れようとする。


 彼女のことを知っているのか。多分、知っているからこその行動なのだろう。

 目を合わさないように。そうしているのがバレバレな動きが逆に目立っていることに、お兄ちゃんは気付いていない。


「ふ~ん、あなた強いのね」


 逃げるように隠れるように。

 ありがとうだのなんだの声が上がる中で。


「ば、爆乳のスコート……!」


「ば・く・さ・つ! 爆殺よ!」


「……お兄ちゃんのエッチ」


 竜狩りで有名な内の一人である“爆殺のスコート”から。

 街の外へと向かおうとしていたお兄ちゃんへと声がかかったのであった。

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