第6話 一文は突然に #2

「さぁさぁ、お困りのことがあれば何でも尋ねてみなさい。このいちご 一文ひとふみがズバッと解決致しますぞ!」


 見た目は可愛い少女。しかしその発言は少女というよりも、ゲームに登場する胡散臭い情報屋。少女という時点で、灯莉的には疑いを捨てて信じてみたいのだが、その怪しい喋り方が邪魔をして、を話すことを多少躊躇った。

 とは言えこのタイミングを逃せば、灯莉の異世界生活初日が無駄に終わるかもしれない。ここは敢えてギャンブルに走り、この微妙に胡散臭い女性である一文ひとふみに委ねてみることにした。


「杉澤一家の拠点を探してるんです。誰に聞いても教えてくれなくて……」

「ほほう、変わったお悩みですな。さてはお嬢さん、外ツ國から来訪いらした方ですか?」

「え!? あ、まぁ……そんな感じです」


 外ツ"國"ではなくそもそも異世界なのだが、この世界の外にある国の1つとして解釈すれば、日本から来た灯莉も外ツ國の人間なのかもしれない。なので一文の発言を受け、灯莉は図星を突かれたように若干大きめに目を開いた。

 尤もこの世界の住人である一文が、日本など知る筈も無いため、灯莉が異世界出身であるという発想にも至らないだろう。


「杉澤一家というのは、この土地、出琉刃で最も野蛮な集団ですぞ。そんな連中に一体何用で?」

「ぶっ潰すんです。連中の頭をぶちのめして、杉澤一家よりも上位の立場になって……子供が大人に怯える必要の無い町に変える。この町に来てまだ初日だけど、やりたいことを見つけたの」


 冷静ながら穏やかな表情で灯莉が言うと、一文は純金が如き黄金色の瞳を輝かせ、心做しか嬉しげに見える明るい表情を浮かべた。その笑みは一文の童顔をさらに強調させ、より子供のような印象を与えた。


「ほほ〜う! それは興味深い! お嬢さんの往く理想みちに障害物が無ければ、空白となった出琉刃大名の座にも就けるかもしれませんな!」

「……いや、大名になんてならなくていいんだけどね? ただウチは、私が嫌った世界に、この国を近付けたくないだけだから」


 この時、灯莉は考えこそしたが、敢えて発言はしなかった。

 空白となった出琉刃大名の座。

 警察が存在する時点で、この世界の文明と、日本の歴史に於けるには多少の齟齬がある事が分かっている。ただやはり、この国に総理大臣は居ないようで、代わりに各土地に大名が居るらしい。

 ならば出琉刃にも大名が存在する。否、一文の発言から捉えるに、大名がというのが正しいのだろう。

 空白とは?

 理由があるのか?

 女性でも大名になれるのか?

 聞く価値の有無は分からないが、仮に価値があるとしても、その聞き時は今ではない。今優先すべきは、己の理想に向かう手順である。


「およ? 大名の座には興味無しとは……まあまあ宜しいでしょう! お嬢さん、お名前は?」

「灯莉……虎徹灯莉です」

「では灯莉殿、今日から某の事は"苺"でも"一文"でも、好きな呼び方で呼称してくだされ! では早速、杉澤一家の拠点までご案内致しましょう!」


 やはり、助け舟であった。最初は胡散臭いと思ってしまったが、その胡散臭さに信憑性があった。最早一文のことを疑うつもりもなく、拠点を教えて貰えることを灯莉は素直に喜んだ。

 ただ、これから先は前の戦いよりも更に血腥くなる。ともなれば、子供達を連れていくのは危険であるし、ショッキングな瞬間が連続するところを見せてはいられない。

 という事で、灯莉はこの場で少年達との解散を決めた。


「みんな、色々教えてくれてありがとね。ウチはこれから戦いに行くから、みんなは今のうちに家に帰ってくれる?」


 突然の別れに、少年達は互いに顔を見合わせ、少しばかり不安げな表情を浮かべた。


「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」

「怖くない?」

「心配、だよ……」

「俺も心配……」


 子供達も、幼いながらに察していた。これから灯莉が向かう場所では、先の隠れ家に於ける戦闘以上の血と命が飛び散る。

 この地を踏んでまだ僅かしか経過していないこともあり、少年達は灯莉のことが心配であった。

 灯莉の強さは既に目撃している。しかし相手は、警察も恐れる杉澤一家。改めて冷静に考えれば、灯莉が如何に強くとも、複数人で構成される1つの集団に勝てるかは分からない。

 灯莉への信頼も確かにあるが、それ以前に、杉澤一家という1つの危険に対する恐怖が勝ってしまうのだ。


「大丈夫。1度決めたら成し遂げるまで挑む……それがウチだから。諦めるつもりも、妥協するつもりも、死ぬつもりもない」


 灯莉は子供達の頭を、一人一人順番に撫でた。すると子供達は安心を取り戻したのか、まだ僅かに不安そうだが、灯莉を見つめる表情は随分と明るくなった。


「それじゃあ案内して、一文さん」

「敬語は辞めていいですぞ」

「……分かった。なら一文、その喋り方、私の前では辞めていいよ」

「それじゃ遠慮無く……着いてきな、灯莉!」


 着物を乱すことさえ厭わずに、一文は目的地へ向けて走り出した。灯莉は「それじゃ」と子供達へ手を振ると、先行した一文に追いつくよう速めに走った。


 舗装されていない路面を蹴り、洋風の欠片も無い時代劇のような町を駆ける。気を抜けば「ここは異世界である」ということさえ忘れてしまう程の超日本的景色で、灯莉は一文を追いながらも、時代劇を追体験しているような感覚を味わい楽しんだ。

 しかしその楽しみも永遠に続く訳ではなく、出発地点から走って5分程度の場所で、脚と共に動きを止めた。


「ここが拠点だぞ。案外地味な建物だと思ったそこのアナタ……某も同感です」

「……うん、確かに地味」


 木造二階建て。屋敷……というよりは、僅かばかり大きめな一般家屋のような印象である。瓦の色も壁の色も他の家屋と変わらず、金色の龍だとかの派手な装飾も無ければ、提灯のような小さな装飾も無い。戸の前に立つ門番らしき人物も居ない。

 粗暴な杉澤一家の印象とは異なり、拠点には特徴が無い。仮にノーヒントで町中を探し回ったとしても、この場所が拠点であると理解するにはかなりの時間を費やしたのだろう。


「ではここで助言をひとつ。杉澤一家を束ねてるのは杉澤辰五郎っていう茶髪の中年で、外見の特徴としては"若干小柄"、いつも"灰色の着物"を着てる」

「それだけ理解わかかれば上等。ありがと、一文」

「期待してるよ、灯莉。この町を変えてくれよな。そんじゃ、某はこれにてドロン!」


 一文は駆け足でその場から去った。逃げたのではなく、ただ単純にその場に留まる理由が失せたのだ。

 あっという間に建物と群衆に溶け込み、気付いた時にはその背中も追えなくなっていた。


「さて……こっからは、ウチのターン」


 灯莉は勇弥の柄を握り抜刀。まだ誰とも対峙していないが、鋒を向けられてから抜刀するのでは遅すぎる。

 角帯が無い為、鞘は左手で掴んだまま、右手だけで刀を握る。しかし不安は一切無い。抱いた不安は隙と油断に代わり、即座に灯莉はへ変わってしまう。

 初陣は既に終えた。ならば次戦以降も、初陣のように勝てばいい。そう思えば、灯莉に不安など芽生えなかった。


「彩羽……私が頑張る姿、見守っててね」


 灯莉は拠点の玄関前まで歩み、若干立て付けの悪い木製の扉を開いた。途端に、家の中に漂う酒とタバコの匂いが鼻腔を刺し、灯莉は嫌悪感丸出しに顔を顰めた。


「ぁ? 嬢ちゃん何者なにもんだ? 刀なんか持っちゃって……物騒だぜ」


 灯莉の来訪に気付いた男が1人。その男の声に釣られて、家の中に居た別の男達も顔を出してきた。灯莉が確認した時点で6人。全員が見るからに粗暴な輩であった。


「お兄さん達、辰五郎さんって人、居る?」

カシラなら、今頃奥で女を抱いてるぜ。何だ? お嬢ちゃんも抱かれにきたのか? だとすれば……その刀は頭への貢ぎ物か! 頭の趣味をよく分かってんじゃねえか!」


 下品にニヤついた顔を浮かべる男達を見て、灯莉は理解した。世界が違えど、やはり男という生き物の半分以上は、酷く下卑ているのだ。文明や空気が違えど、オスであることは何も違わないのだと。

 ただ、男達が無駄に勘違いしてくれたお陰で、灯莉はより動きやすくなった。何せ勘違いの所為で、男達は油断してしまったのだから。


「そうだなぁ……じゃあ、そこの角刈りのお兄さん」


 6人のうち1人、紺色の着物を纏った角刈りの男に指先を向けた。すると角刈りは、「抱かれる相手」として指名されたと勘違いして、他の誰よりも不細工な笑みを浮かべた。


「辰五郎さんのとこまで案内してくれる? ああ、これ別にお願いじゃないから…………命令だから」


 刹那、6人のうち1人の首が、血を吐きながら床に落ちた。

 この場に居る男達全員、既に灯莉の異能力に呑まれているのだ。目の前に居る灯莉が幻影であるとは思いもしない。

 故に、誰もが目を皿のようにした。何故首が落ちたのか、そして誰に落とされたのかが全く分からないのだから。


「頭への手土産は、角刈りさん以外の首全部……ってコト」

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天下統一異世界事変 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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