第5話 一文は突然に #1
本来の日本の歴史であれば、侍が闊歩する時代に「警察」も「警察署」も存在しない。それに等しい組織はあるが、警察という言葉は使われなかった。
灯莉が居るのは過ぎた歴史の日本ではなく、異世界"
灯莉が「警察」と発言して、杉澤一家の男が警察を理解していた為に判明したことである。灯莉は発言の後に「そういや警察って居る? もしかして奉行だった?」と少し不安だったが、偶然にも灯莉は間違っていなかった。
さてさてそんな警察署に、勇弥を携えた灯莉がやって来た。場所が分からない為、鐵黑守の隠れ家で出会った子供達に道案内をさせた。
「杉澤一家を潰す……!?」
腰の十手と、臙脂色の羽織り。どうやらそれが時般俱の警察で言うフォーマルらしい。
それはともかくとして、警察署長らしき渋い中年男性が、灯莉の発言に酷く驚いていた。
「ええ。なので杉澤一家の拠点に案内してください」
驚く中年警官相手に、灯莉は冷静。人を殺した後とは思えぬほどに落ち着いている……が、隣に居る子供達も、人が死ぬ瞬間を見た後ながら、誰一人として顔色は悪くない。
「……お嬢さん、杉澤一家に恨みでもあるのかい? 仮にあったとしても、敵に回すには相手が悪すぎるぜ。何があったかは知らんが、どうにか穏便に」
「もう無理です。ウチ、既に杉澤一家の幹部を名乗る男を殺しましたから」
「っ!?」
度を超えた驚愕で、中年警官は声にならない声を漏らし、ついでに噎せた。唾が変なところにでも入ったか、噎せ始めてから咳が止まるまで意外な時間を費やした。
咳のしすぎで涙が溢れるが、中年警官は半ば無理矢理咳を止め、自身の纏う黒い着物の裾で涙を拭った。
「杉澤一家を潰して大人しくさせれば、警察の皆さんも少しは穏やかな時間を過ごせるのでは?」
「そ、それはそう、だが……」
咳は止めたものの、中年警官はまだ苦しそうである。とは言え灯莉は発言を止めず、中年警官に追い打ちをかける。
「杉澤一家の連中が来た時、この子達は酷く怯えていました。子供が大人に怯えるような国なんて、ウチは住みたくない……なので、杉澤一家を一旦ぶっ潰して、まともな大人達として更生させます」
「……更生なんてできるものか……性根の腐った連中がマトモな人間になれると、本気で思っているのか?」
中年警官の発言に対し、灯莉は「何を言っているんだ?」と言わんばかりに首を傾げた。
「思ってなんかいませんよ? だからウチは4人も殺したんです。けど、所属してる全員がクズだと決まった訳じゃないですよね? 極端な話、ちゃんと会話ができて、ちゃんと理解してくれる大人が1人でも居れば……他の連中は全員殺しても仕方ないと思ってます。1人でも話が通じれば、後はその1人を基準にして組織を更生させる。いい話でしょう?」
中年警官は、予想通り警察署長である。長年警察として働き、幾人もの人々を見てきた。時には変わり者も見てきた。だからこそ、この中年警官は言い切れる。
灯莉の正義は、歪んでいる。10代の少女、言ってしまえばただの小娘。そんな小娘が、"己の正義の為ならば殺人さえ厭わない"という思考を持っている。普通の小娘としての域を明らかに逸脱した、最早危険人物である。
「……認められない……君のような少女が人を殺すなど……」
「ウチ、別に認められたい訳じゃありませんよ? 道案内を頼みたいだけですから」
「道案内はできん!」
「……そうですか。なら自力で探します。どの世界でも、やっぱり警察はウチの味方をしてくれないんだね。それじゃあ無能な警察さん、どうぞ職務に戻ってください」
そう吐き捨てると、灯莉は興味の失せた猫のように顔を逸らし、道案内を依頼した子供達を連れて警察署から出た。
去る灯莉の姿を横目に、警察署長は歯噛みした。殺人を前提とした灯莉の行動を止められず、且つ警察としての威厳が軽く貶されたようで、警察署長は酷く屈辱的だった。
しかしその屈辱を払拭することは考えない。払拭などできやしないと、既に理解しているのだ。
「何故……あんな少女が人を殺せる……」
警察署長は分からなかった。灯莉が殺人という行為に一切の躊躇いを抱かないこと。そして、人を殺めても尚、その表情や声から一切の罪悪感が感じられないこと。
灯莉は間違いなく少女。しかし、1人の少女にしては、あまりにも血腥く、あまりにも冷血に見えた。
さてさて、警察署から外に出た灯莉は、改めて、町の外観に唸ってしまった。警察署に来るまでの間に町は既に見ていたが、やはりその外観は異世界として見れば異様だった。
木造。藁や瓦の屋根。障子。ひらがなで文字が書かれた暖簾。そして、着物姿で往来する町の人々。見れば見るほど、視界を彩る景色は"よくある異世界"とは違い、異世界転移よりもタイムスリップしたような感覚である。
────が、国の名は時般俱。町の名は出琉刃。日本の歴史には存在しない名前である。なので灯莉は、ここが異世界であるとは理解しつつも、どうしても日本と同一視してしまう。
この世界を築いてきた者達が、灯莉の居た世界に酷似した時間を歩んできたのか。或いは、この世界を作った神やら女神やらが、日本が大好きなのだろうか。まさに真実は神のみぞ知る、といったところか。
「さて……どうしようか……」
杉澤一家を潰す……と決めたはいいものの、その拠点の場所が分からない。同行している子供達も、杉澤一家という存在とその脅威は知っているが、拠点の場所までは知らない。
警察に聞いても教えてくれない。ともなれば、近くの通行人に聞いても無駄であろう。
即ち、
さてさて困ってしまった──────と、こんな状況に陥った時、ラノベやアニメであれば助け舟が現れる。それも、物語序盤から主人公に関わってくるキーパーソン的助け舟が。ただ、そんな展開を期待した訳ではないが、この後に起きた出来事には、流石の灯莉も酷く歓喜した。
「お困りかな? 変わった服のお嬢さん」
警察署の近くで立ち尽くしていた灯莉に気付いたのか、突如女性が声をかけてきた。
確かに困ってはいたが、そこまで顕著に感情が表れていただろうか?
そんなことを一瞬考えたが、ひとまずは声をかけてきた主の方へ振り向いた。
真後ろに居た。いつの間に背後へ立たれたのかは分からなかったが、さながら亡霊が如く現れた方をしたので、灯莉本人は自覚しない程度に驚いた……というか、真後ろに居たのに、何故困っていることに気づけたのだろうか?
お嬢さん。そう声をかけてきたので、相手はかなり年上だと錯覚していた。しかしその声は明らかに若く、いざ対面してみれば、想像よりもさらに若く……というか幼く見えた。
身長は140cm後半から150cmほど。毒気の無い童顔。声に見合った体格と顔つきであり、灯莉からして見れば、若すぎる大人なのか単純に子供なのかが分からない。
肩甲骨付近にまで伸ばした桃色の髪。そんな桃色の髪を際立たせる若葉色の着物。町を見れば、ミニスカート同然の着物を着ている女性が居るが、この桃色髪はしっかりと足首まで隠す丈の着物だった。
町を見る限り、足首までが隠れる着物を着ているのは、大抵が大人である。子供の半数以上は膝上丈だが、この桃色髪の着物は丈が長い。
見れど見れど、年齢不詳。
なのでひとまずは、彼女が灯莉よりも歳上である可能性を考慮し、敬語で話してみることにした。
「困ってはいますけど……あなたは?」
「
桃色髪は
困っている人の味方とは言っているが……果たして信頼していいのだろうか………………?
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