第4話 落ちる首 #2
刺青の男が、突如死んだ。見えない刃で首を刎ねられ、鮮血を撒き散らしながら死んだ。
「あ、兄貴……?」
ただ呆然とするしかない。
刺青と対峙した灯莉は、未だ1歩も動いていない。それどころか、構えた刀を一切振ってもいない。仮に振っていたとしても、灯莉と刺青の立ち位置的に、灯莉の持つ刀では鋒も届かない。
即ち、斬れるはずがないのだ。
「〜っっ!! テメェ何しや────────」
3人居る舎弟のうち1人が、灯莉が斬ったものだと決めつけて語気を荒らげた……が、威嚇と同時にその男も首を刎ねられ、早くも灯莉と対峙した4人のうち2人が死亡した。
2人目の男は、刺青よりも後ろに居た。尚更、灯莉の立つ場所からは刃が届かない。
「あ……あぁ……──────────────」
3人目。怯え始めたところで、先の2人同様に首を刎ねられた。床に落ちた時の顔は、先の2人よりも悲壮感に満ちており、切断されても眼球は酷く泳いでいた。
「
「どう? この能力、強い?」
最後の一人、最も小柄で若い男が、首元に迫った殺意に気付いた。その時、男は動きも呼吸も止め、真横から聞こえる灯莉の声に全神経を集中した。
「……能力の、概要……教えてくれ、ないか?」
前方には灯莉の姿があるが、未だ1歩も動いておらず、刀身に血液も付着していない。そんな状態でありながらも、何故か灯莉の声が自身の右側から聞こえてきた。
男は察した。このまま殺されるのだと。しかし最後に、
「簡単に言えば……ウチの姿を見えなくする能力、かな。今お兄さんが見てる私は、私が残したただの幻ってコト」
「……つまり、俺達はタダの幻に威嚇していたのか……」
「そゆこと。あそこにいるウチが、いつから本物じゃなくて幻だったのか……分かんないでしょ?」
この世界に存在する異能武器には、それぞれに固有の能力が備わっている。類似した能力はあれど、同じ能力は存在しないと言われているが、それは最早常識らしい。
異能武器に触れてまだ数分……というかこの世界に来てまだ30分も経過していない灯莉には、勇弥に備わった能力が当たりなのかはずれなのかが分からない。
しかし理解した。異能武器を知る3人の男を殺めた時点で、勇弥の能力は疑うこと無く強い。
「人を殺すことに特化した力って書いてたけど……やっぱりその通りだったみたい」
勇弥の異能力は、幻影。
能力発動時の灯莉をベースとした幻影を作り出し、同時に、灯莉本体の姿を幻影で隠す。幻影を作り出す瞬間には特殊な光や歪みなどは発生せず、仮に監視カメラで撮影していたとしても"本体と幻影が分離する瞬間"は捉えられない。
また、幻影はある程度まで灯莉の思い通りに動かせる為、"灯莉本体が右に進む間、幻影を左に進ませる"等が可能。
とは言え何にせよ、強い力には代償が伴う。勇弥の能力を発動するには、2つの条件を満たさなければならない。
1つ目の条件は、完全に抜刀していること。鋒が僅かにでも鞘の内側に触れていれば、能力は発動しない。
2つ目の条件は、灯莉が"敵である"と認識した人物に、能力発動時点で灯莉の姿を認識されていること。仮に敵とした相手が"灯莉を認識していない"場合であれば、能力は使えない。尤も、認識していない相手に幻影を使う必要はないのだろうが。
発動に成功すれば、敵は灯莉を見失う。そして悪質なことに、いつから灯莉の姿が幻影にすり変わっているのかが分からない。
刀匠の鐵黑守が、勇弥を「人を殺めることに特化しすぎている」と判断したのも必然だろう。
「そうだ、お兄さんに聞きたいんだけど、いい? あぁ、ごめんごめん。立場分からせる為に能力解除するね」
首元に感じた殺意が、纏った幻影を脱ぎ捨て、銀色の刃として姿を現した。刃は既に男の喉元へ迫っており、最早逃げることなどできないような状況にある。
刀を握る灯莉は、男の右隣に立ち、氷のように冷静な表情で男を見つめる。つい数分前まで普通の女子高生だったはずの灯莉だが、殺人犯顔負けの冷酷さを纏っている。
先程までただの小娘だと認識していたこの男も、今では灯莉に恐怖している。今まで出会った誰よりも恐ろしい人物である、と言っても過言ではないだろう。
何せ男は、着物の中で尋常ではない量の汗を流し、吐き気を催すほどに心臓が脈打っている。こんなにも緊張することは生まれて初めてである。
「……何を聞きたい?」
「お兄さん達……杉澤一家、だっけ? この町でどのくらい偉い立場にいるの?」
「……少なくとも、警察なんか俺達の敵じゃない」
「武力があるから? それとも警察が弱いの?」
「両方だ。警察が総出で俺達と敵対しても、俺達は決して負けない。警察共は皆殺しにできる」
「ふぅん……じゃあ、もしもウチが杉澤一家をぶっ潰しちゃえば、ウチが1番強いってことになる……ってコト?」
「そうなるが……
「頭は殺さないよ。ただ、分からせるだけ」
灯莉の発言に、男は訝しげに眉を顰めた。
「指を失えば、人間は残りの指を守る為に学習する。耳を失えば、もっと努力する。けど頭が潰れれば、体はもう学習できない。杉澤一家の頭は殺さず、頭以外の連中を何人も殺す。そうでもしないとまともに話なんかしてくれないでしょ?」
「……イカれてやがる……!! テメェ本当に人間かよ!!」
「子供から物を奪おうとするクズに言われたくはないね」
会話が終わり、灯莉は最後の男の首を刎ねた。
男4人を殺めながら、灯莉の表情と胸中に罪悪感は微塵も無く、寧ろ、ゴミ掃除を終えた後のような清々しさを感じていた。
そんな灯莉を静かに見つめていた子供達も、灯莉に恐怖などは抱かず、さながらヒーローの戦いを見ているかのような感覚であった。
尤もこの世界にヒーローという存在は浸透していない為、灯莉を見ていた子供達はとても新鮮な気分だったのだろう。
「本物の刀持ったの初めてだけど……案外戦えるもんだね」
灯莉は刀を素早く振り下ろし、刀身の血を飛ばした。
「よし! 決めた!」
心中の末に果たした異世界転移。灯莉は転移して30分以内で4人を殺し、そのついでに、異世界に於ける今後の人生設計を仮設した。
最終的に至るべき未来は、平穏。そして平穏に至るまでの1歩として、杉澤一家を潰し、灯莉自身が強い立場に立つことにした。
「少年達、警察まで案内してくれない?」
異世界生活第1章は、血腥くなる。
しかし、灯莉に一切の抵抗は無い。
………………彩羽が居ないことだけが、灯莉にとって唯一の不安なのだが。
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