第3話 落ちる首 #1

 少年達曰く、ここは古い炭鉱に作られた隠れ家。最低限の家具だけが揃っており、食べ物などは殆ど保管されていない。どうやら隠れ家とは言えど、基本的には此処ではない何処かの家で暮らしていたらしい。

 少年達はこの隠れ家の存在を知り、を探すために訪れたらしい。すると早々に、少年達は床下から怪しげな木箱を見つけた。身の丈に近い大きさの木箱には、達筆な漢字が羅列された布が巻かれ、さながらを封じているように見えた。

 しかし即座に、少年達は布を剥がし、木箱を開けた。すると案の定、木箱の中に目的の物が隠されてあった。

 そして刹那、畳張りの床に突如光が灯り、人の形を模したと思えば、意識の無い灯莉が現れた……らしい。


「ねえ、さっき言ってた異能武器ってなに?」


 騒ぐ子供達の言葉から、的確に重要な言葉を聞き取っていた灯莉。

 異世界転移を果たした今、灯莉が真っ先にやるべきは情報収集である。どんな発言にどんな情報が隠されているか分からない為、全ての言動に注意しておく必要がある。


「知らないの? 異能力を使える武器のことだよ。異能武器は数がすっごく少なくて、使える人も限られてるの。それでね? 異能武器には心があるから、武器を使うに値する人を選ぶの。異能武器に選ばれたら、お姉さんみたいに武器のあるところに転移させられるって噂なんだけど……どうも本当のことらしいね」

「……つまりウチは、その異能武器ってのに選ばれたから、ここに来た……ってコト?」

「そうゆうこと! お姉ちゃんの武器は、その木箱の中だよ!」


 少年の1人が、部屋の隅の方に置かれた木箱を指した。正直、異世界に転移したという実感があまり湧かない状態にあるのだが、RPGの主人公に倣い、ひとまずは状態として件の木箱の方へ四つん這いで進んでいく。

 木箱は既に開けられており、近付き次第、灯莉は中身を確認できた。

 灯莉をこの世界に呼び寄せたとされる異能武器。その正体は、日本刀だった。正確にはここは日本ではない為、敢えて言えば、時般俱刀、であろう。

 菱巻きの黒い柄糸。平行四辺形に作られた金色の鍔。漆塗りの黒い鞘。異世界で作られた武器にしては、あまりにも日本的で、あまりにも"非現実"な要素が薄すぎた。


「この刀が、ウチをこの世界に…………?」


 知らず知らずのうちに、女神から導きを受けたのかもしれない。異世界転移や異世界転生には、女神や神が付き物であるから。ただ、女神や神と対話を経た記憶など無い。

 だとすれば、本当にこの刀が、日本で死亡した灯莉をこの世界に呼び寄せたのかもしれない。

 灯莉は手を伸ばし、刀に触れた。その時、灯莉の全身に電気のような痺れと、痛みには至らない程度の刺激が走った。そして同時に、この刀に宿った"異能力"とやらを瞬時に理解した。

 唐突且つ瞬間的な現象であった為か、刀の異能力を理解した矢先に、灯莉の意識がまた途絶えかけた。

 瞼を強く閉じ、眉を顰め、深く呼吸をする。灯莉の様子を見ていた子供達は、明らかに様子のおかしい灯莉を心配し駆け寄っていった。


「これ、が……異能力……異世界の、力……!」


 今になって漸く、灯莉の中に"異世界へ来た"という実感が芽生え始めた。何せ、知らない記憶が脳内に投影されたのだ。普通に日本で生きていれば、体験などできなかっただろう。


「そうだ、お姉ちゃん。その箱の中に、こんな紙が入ってたんだけど……きっとそれ、刀の名前が書いてるんだよ!」


 少年の1人が、ソワソワと落ち着かない様子ながら、箱の中から発見されたという紙を灯莉へ手渡した。


(異世界のはずなのに日本語か……)


 紙には、この刀を手に取った者へ向けたかのような、直筆のメッセージが日本語で綴られていた。無論、灯莉の居るこの国は日本ではない為、厳密には時般俱の言語なのだが。

 ひとまず、異世界でありながら日本語に等しい文字であるため、灯莉にも問題無く読めた。


 小生の隠れ家を訪れた者へ

 この箱に納められた刀は、小生の人生で最初に完成された作品である

 倂し、この刀は封印した

 この刀は、人を殺めることに特化しすぎている

 この刀を持つに相応しい者が居れば、この刀は譲渡しよう

 殺めるか、守るか

 使い方は君に委ねよう

 鐵黑守てつくろもり 不知火しらぬい

 無銘刀 勇弥いさみ


 刀匠、鐵黑守てつくろもり 不知火しらぬいの残した、限り無く遺書に近い手紙である。


「守るも殺すもウチ次第、ね……」


 この時、灯莉は思った。

 もしもこの刀をで入手できていれば、彩羽と死に別れる事もなかったのだろうか、と。

 否。入手できたところで、結末は恐らく変わらない。彩羽との心中は、元の世界に於ける然るべき終幕だったのだから。


「なんで彩羽じゃなくてウチが選ばれたの……?」


 刀に聞いても答えは得られず、灯莉が得たのは虚しさであった。


「なんだ、先客が居るのか」


 低く、力強く、荒々しさのある男の声が、狭く薄暗い室内に響いた。

 男の声を聞いた途端に、子供達は急速に怯え始めたが、灯莉は大して何も感じなかった。


「お、その刀か!」

「やりましたね兄貴!」


 最初に顔を出したのは、顔にまで派手な刺青を入れた大男。その男に続いて、部下らしき男達が3人顔を出した。

 4人の男は、灯莉の持つ刀を見ている。


(……ああ、そういうこと……)


 本人的にはあまり自慢したくない特技なのだが、灯莉は人の視線や表情から、その人の感情や現状をある程度理解できる。故に即座に察した。この男達は、灯莉の握っている"勇弥いさみ"を探してここにやって来たのだ。

 とは言え、恐らくこの男達は勇弥が実在することを知らない。さながら徳川埋蔵金を探す冒険家のように、「あるかもしれない」という情報を頼りにしていたのだろう。

 そして今、勇弥を見つけて、男達はとても喜んでいる。

 ……が、その勇弥は既に灯莉の手中にある。男達からすれば、目的を先取りされて酷く不愉快なのだろう。


「嬢ちゃんが見つけたのか? だが悪いなぁ、その刀は俺が預かる。嬢ちゃんが持つには物騒だ」


 この瞬間、灯莉の中にあるスイッチ的なものが切り替わり、「問題無く子供と話す灯莉」から「大人の男に対しても噛み付く強気な灯莉」にチェンジした。


「残念だけど、これはウチの刀。おじさんには渡せない」


 刹那、室内に漂う空気が、研がれた剃刀のように鋭くなった。その空気の変化は子供達でさえ感じており、まさに一触即発と言わんばかりの緊張感が走り始めた。


「杉澤一家の幹部であるこの俺に軽口を叩くとは……いい度胸だな」

「杉澤一家? あぁ、ヤクザってやつ? ウチらみたいな普通の人からしたら極まった害悪だよね、おじさん達って」

「……娘、人を煽る趣味は否定しないが、相手を考えろ」


 刺青の男は、腰に提げた刀に手を伸ばす。いつでも刀は抜けるとアピールしているのか、未だ威嚇の域で留まっている。


「煽る趣味は無いんだけど? おじさんこそ、後ろにある名前チラつかせて脅すだなんて、低俗な趣味してるじゃない」

「……娘、俺は女を斬りたくない。だがこれ以上続けるなら、斬ってでも奪う」


 刺青の額には血管が浮き出ており、相当にご立腹らしい。


「なら奪ってみなよ……」


 そう言うと灯莉は漸く立ち上がり、一切躊躇いを見せずに刀を鞘から引き抜いた。

 この刀はいつから箱に隠されいたのか。そんなことは分からない。しかし隠されていたにしては、刀本体の劣化いたみや不具合は感じられず、今すぐにでも使える状態である。

 黒と銀の刀身には微塵の汚れすらない。ナイフや包丁では遠く及ばない、恐怖すら感じる美しさであった。


「殺す気で来ていいよ。ウチも殺す気で抗うから」


 灯莉本人は、無意識であった。無意識ながらも、目を開き、僅かに首をかしげ、人を煽るような微笑みを浮かべたその表情は、刺青の男の中にあった理性の糸を容易く切り裂いた。

 理性の糸が切れた瞬間、刺青の男が抱いていた怒りは、殺意へと変わった。無意識の煽り顔で殺意を抱くような単純脳みそらしいが、それが灯莉にとってのベストだった。


「……ぶっ殺す!!」


 野太く力強い声を響かせると、刺青の男は漸く抜刀し、灯莉を斬る為に前へ踏み─────────


「兵は詭道なり」


 刺青の男は、確かに灯莉を目で捉えていた。1秒たりとも目を逸らしてはいない。そのはずだったが、灯莉の声は前ではなく聞こえた。

 刹那、刺青の男は敗北した。本人が敗北を認める前に、本人以外の誰もが敗北を認める状況になってしまった。


「ぁ……………………?」


 刺青の男は首を切断され、切り離された頭が、血を撒き散らしながら床に落下した。


「馬鹿でありがと。お陰で行動が読みやすかったよ、おじさん……」


 刺青の男は、己の頭が落下して漸く気付いた。、首を切断されたのだと。

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