宇宙ステーションの、どうだっていい一つの事件【怨念、闇堕ち、宇宙】
「電池の具合はどうだ?」
「異常なしっす。本日も順調に生産されてますよ」
発電所の職員である俺たちの仕事は、電池の品質管理だ。
三十二世紀。
地球に存在する資源の全てを使い潰し、人類は宇宙へと移住した。
月や火星に住む一級市民はさておき、殆どの人間は大規模宇宙ステーション『エデン』で暮らしている。
しかし、碌な資源も土地も残っていない今の人類では、宇宙ステーションや人口を維持することなどできる筈もない。
そこで人類が発明したのが、生物を燃料とする発電方法。
『怨念発電』である。
生物の負の感情はエネルギーに変換できる。
物理的な影響力を持たせるためには、いくつかの工程を必要とはするものの、湯を沸かしてタービンを回すのに不自由はしない。
開発当初は多くの批判があり、実際の運用は考えられていなかったが、背に腹はかえられなかった。
怨念発電は、知能の高い生物であればあるだけ効率が高くなる。
運用当初は犬などの飼育管理が容易な生物が用いられていたが、愛護団体からの強い批判によって、用いられる生物は人間に変えられた。
俺たちが管理する電池とは、即ち人間のことである。
この発電所では、電池に対し最も効率的にストレスを与えている。それに対する不満、憤りこそがエネルギーになるからだ。
「八番、電流に慣れたんじゃないか? 昨日より発電量が落ちてる」
「あー、ホントっすね。そろそろ打撲の方に切り替えますか」
「餌の配合も変えとけよ」
人道的観点から、電池に教育は施されていない。
知能の発達を優先させた方が発電効率は高くなるが、それではあまりに酷すぎる。
せめて自我を与えないことこそが、彼らに対する救いなのだ。
「ん? おい」
「はい? なんすか」
ふと目に入ったのは、一つの電池。
「発電量がほぼゼロじゃないか」
「え、マジすか。コイツこの間替えたばっかですよ?」
「死んだわけでもないだろうし、外れか?」
「偶にいるっすよねぇ……碌に電気作れない奴」
「ちっ……しょうがねぇな。処分と入荷の申請出しとけ」
「えぇー。またあのハゲに文句言われますよ」
「んなこと言っても、それで電気減る方が面倒いだろ」
発電量が減れば売り上げも減る。
そうすればあのハゲの上がキレる。
不機嫌になったクソ上司の捌け口になるのは御免だ。
まったく、あの癇癪を電気に換えられれば良いのに。
「お前の所為だぞ、十九番」
電池の入ったケースを軽く蹴飛ばして、俺たちは次の業務へ向かった。
「――――」
◆
呪い、というものをご存知だろうか。
それは、怨念発電の原点である。
元来、呪術というものは、地球の至る所で散見されて来た。
文明のあるところに宗教あり。
そして宗教のある場所には儀式があり、それは呪いと地続きの技術だ。
二十一世紀頃には、呪いなどは神秘と考えられており、近代文明と近い人間は殆ど信じていなかった。
今となっては笑い話だが、霊魂の観測もままならない技術力では無理もない話だ。
さておき、呪いに話を戻そう。
呪いとは、謂わば感情で人を害する技術だ。
丑の刻参りだろうと何だろうと、その本質は変わらない。
方法とは所詮、やり易いように整えられた方法でしかない。
九九を覚えずとも数式は解けるし、言葉を話せずとも誰かに意思を伝えることはできる。
とにかく、感情に物質的な影響を持たせることこそが呪いなのだ。
逆に言えば、誰かを呪うのに道具や技術は要らない。
強い強い怨念さえあれば、それだけで良い。
彼に名前はない。
元いた場所で呼びかけられることは無かったし、今いる場所でも呼ばれることは滅多にない。
ただ、十九番というのが自分のことを指しているのだと理解はしていた。
彼は、俗にいう天才だった。
その才を発揮する場はなく、故に誰一人として気付くことはなかったが、今を生きる人類どころか、歴史上の人物と比較しても尚上澄と言って差し支えないほどに。
だから、彼は電池となってすぐ、自分から何かが引き出されていることに気付いた。
それが怨念と呼ばれるものであることは知る由もないが、とにかく力であること。
身体を動かせない自分が動かせる、唯一のものであることは分かった。
力は、不快――もちろん言葉は知らない――な時に自分の中から湧き出てくる。
彼は力を吸い上げようとするものに抵抗し、力を自分の中に留めた。
それが敵の欲しいもので、出さなければ不満に思うことは、見ていれば分かったからだ。
力の使い方は感覚的に分かった。
いや、日常的に引き出されることで慣れたのかもしれない。
けれど、彼はそれを見えている者にはぶつけなかった。
そんなことをしても、どうせすぐに次が来るだけだからだ。
チャンスは一度。
処分される時だ。
◆
時は流れ、十九番を処分する日になった。
「おし、運べー」
電池は別に大きくないが、運ぶとなれば人がいる。
ケージから取り出された電池を、業者が運んでいく。
任せたって構わないのだが、流石に誰も見ていないわけにはいかないのだ。
「んあ?」
瞬間。
十九番から黒いモヤが溢れ出した。
モヤは瞬く間に広がり、発電所を覆う。
そして、そのモヤは発電所にある怨念の全てを食い尽くした。
霊障で電灯が点滅するように、呪いは機械にも影響を与える。
発電所から流れる電気が、怨念に汚染された。
要は、彼は宇宙ステーションのインフラに干渉できるようになったわけだ。
けれど、彼は天才とはいえ、何も知らない。
だから、非常に大雑把な制御しかできなかった。
ばちん、と大きな音がして、宇宙ステーションの電気が止まった。
酸素の生産など、何もかもの設備が停止する。
文字通りブレーカーが落ちたように、宇宙ステーションは闇に堕ちたのだ。
だから何があるわけでもない。
これだけでは人は死なないし、いずれ復旧される。
けれど確かに、彼は世界に影響を与えたのだ。
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