続・晴れた日は異世界にいこう。妖怪たちを連れてさ【妖怪 のっとり メロンパン】
「おじゃましま~す!」
「どうぞ、あがって。でも珍しいね、すずちゃんってお友達の家に行ったりするの苦手って言ってたのに」
「今日はちょっとね」
舞原 鈴。口の悪いクラスメイトからは、ちょっと変な子と呼ばれ敬遠されている小学五年生。
裾を折ったオーバーオールに、家庭科の授業で自作したトートバッグ。
トレードマークのポニーテイルに結った少し茶色がかった髪の毛がぴょこぴょこと揺れるさまはまるで狐の尻尾のよう。
「うん、招かれないで入るのって生理的にイヤなんだ。みかげちゃんは『どうぞ』ってちゃんと言ってくれるから助かる」
「……うん、相変わらずややこしい拘りもってるねぇ」
クラスメイトの家にすずが上がり込み、部屋の中をキョロキョロする。
「どうしたの、宿題するんじゃないの?」
「その前に、あっちの部屋にいるのは、お母さんかな?」
「うん、あ、挨拶したいって事?」
すずは隣のLDKの方を指でさすとずかずかと歩いていき引き戸をガラリと開いた。
キッチンに立つ女性がその音を聞いて振り向いた。
「あら、お友達? いらっしゃい。あとでおやつを持って行くわね」
「ねぇ、みかげちゃんのお母さんはどこ」
友人の奇行になれているみかげも、この言葉には驚く。
「わたしのママにはあった事あるよね? キッチンにいるのが」
「これ、違うよ」
そう言い放つと指を複雑な形に組み、その隙間から覗き込む。
「あら、じゃあ私は誰なのかしら?ふふふ」
「妖怪は化けて惑わしてそこに在る。けれど、名を呼ばれてその真の姿を看破されたら化けてはいられないの。ほら、見てみかげちゃん。アレは乗っ取りバチ。正体を現しなさい、ハラアカ!」
名を呼ばれた事で術が解ける。キッチンに立っていた女性の姿が霧のようにぼやけ、人間サイズの蜂に変わる。母親が化け物に変わる姿を見て気を失うみかげ。
「オマエ、ワタシの獲物を奪う気か!」
「貴方の獲物じゃないし、友達を傷つけるやつは許さない。かーくん、やっちゃって!」
そう叫ぶと、すずの影の中から赤黒い大猫が飛び出し蜂妖怪の首元に飛び掛る。
「最近、猫使いが荒くないか、すずよ」
かーくんと呼ばれた大猫は火車。火車丸という名でペットをやっている
「しょうがないでしょ、『視えちゃった』んだから。ほっといたら明日には手遅れになってたんだから」
「ん?御影ママはまだ生きとるんか?」
「床下収納に大人の女の人がいるよ、早く救急車呼ばないと」
暴れる蜂妖怪を抑え込む火車。必死に逃れようとする姿は、みかげが家庭科で作って母の日に送ったエプロンの残骸だけがかろうじて人間らしさを残すだけであった。
その姿を見かねたすずは、足をくねらせて奇妙な歩法を踏む。後ろに一歩、前に出て二歩。
すると先ほど、術を看破されてみかげの母の姿が崩れたように、すずの姿が煙になって消える。
風も無いのに不自然に煙がキッチンに向かうと、シンクの上にすずの姿が現れた。丁寧に重ねられた収納棚から重い鍋を引っ張り出すと、ウントコショと呟いて頭上に持ち上げ蜂の頭に力いっぱい振り下ろした。
「今の術、えんらえんらのか?」
「うん、この間おばちゃんが見せてくれたの真似した!」
「翼も無いのに空を飛ぶような事しおって。あいつは身体が煙だから出来る事なんじゃが……」
「やったらできたんだもん!」
大猫の火車丸と言い争いながら、床下収納に身体を折りたたむようにして閉じ込められていた御影の母を引っ張り出すと、足首の辺りをパッパッと手で払った。
「そんなんで平気なのか?」
「なにか匂いみたいな物で人を操る術が掛かってたみたい。簡単な
「多芸になったのぅ」
「吸血鬼のおじさんみたいな強い魅了だったら簡単には解けないよ」
気軽に言うすずに火車丸は少し呆れながら、あいつ真正面から眼を見て何ともなかったって落ち込んでたぞ……とブツクサいうと、すずのトートバックからガラケーを取り出して猫ハンドで器用に電話をかける。知り合いの獏に来て貰って記憶を何とかしなければ後で問題になる。
その間にすずは、友人とそのお母さんを並べて寝かせて、ティッシュで小さな蜂の死骸を拾うとガムテープでぐるぐる巻きにしてゴミ箱に放り込む。
その時、部屋の奥の扉が開き、小さな人影が怯えたようにこちらを見ている事に気が付く。
「あ、みかげちゃんの……いもうとちゃん? ちょっとうるさくてゴメンね。もう大丈夫だよ」
トートバッグからUFOキャッチャーで取ったアンパンマンとメロンパンナのぬいぐるみを取り出すと左右に揺らして平和をアピール。
しかし、みかげの少し年の離れた妹は、すずをまっすぐに見据えてこう言った。
「おねえちゃん、何?」
夕方になって、妖怪関連の事件の事後処理に長けた知人に来て貰うと、様々な痕跡は何もなかったかのように元通りになった。
「みんな無事で良かったねぇ」
「そう落ち込むな、すずよ。お前さんの眼のおかげで友達の家族が助かったんじゃろ。胸を張れぃ」
無理じゃろうなと思いながら、心にもない励ましを口にする火車丸。
赤く染まった景色の中を小さな歩幅であるく。家に帰ればママがいる。近所の妖怪の友達も遊びに来ているかもしれない。落ち込んだ顔をしていたら心配をかけてしまう。
「あの子、誰じゃなくて何って言ったねぇ」
「おねえちゃん、それなぁに? という……」
「そういう言い方じゃなかったよ。得体の知れない物を見たっていう口調」
「そのでっかい猫何? かもしれんぞ」
元気が取り柄の鈴には珍しく、頭の後ろの尻尾もしょんぼりと垂れたまま。
「ボク、なにものなんだろうね。人間には見えないモノが視えて、妖怪にも使えない術が使えて」
「人間と妖怪のハーフなんじゃから、両方できてお得!くらいに思っておけばよい。お前はお前じゃよ」
「うん、ありがと」
無理やり笑顔を作る鈴の肩に、子猫の大きさになって火車丸が飛び乗る。
「それに異世界にも迷い込んで冒険者になるし、小学生なのに大人でもキツイ大食いチャレンジ成功するし。見上げ入道を股覗きで見下ろして泣かせるし、何でもできればよい。そうじゃ、ヴラドの奴が言うにはポニテ僕っ娘ボーイッシュで属性てんこ盛り、後は大きな武器使いならもっとウレシイらしいぞ」
「なにそれ!」
ようやくいつものように笑った鈴の耳に背中をこすりつける様にして巻き付く。
奇妙なモノを見る眼を持ってしまい、さまざまなトラブルにあっているというのに、あるがままにモノを見て声をかけてくれるこの娘が、この街の妖怪たちは大好きなのだ。
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