愉快な主は地球人【全部】
吾輩はネコである。名前は
ある冬の寒い日。
「猫っていいよね……いつでも昼寝できて」
「いや。吾輩は地球外生命体なのだが」
「猫! 猫ってことにしておいて!」
うーむ。主はどうやら、SFもホラーも大の苦手らしいのだ。そのため吾輩は、異星ネコなのに、地球の猫としての立ちふるまいを常に求められているのである。解せぬ。
そもそも吾輩は、宇宙船の故障により地球に不時着した。それで、着地した場所が砂漠かと思っていたら、鳥取砂丘という場所だったらしく、たまたま付近を散歩していた主に保護されたのだ。
『ずいぶん空腹だったみたいだね……猫ってメロンパン食べるんだ。うーん、とりあえずウチに来る?』
『ありがたい。では少しお邪魔して良いだろうか』
『しゃ、しゃしゃしゃ、喋ったぁ!』
主よ。自分で話しかけておいて、答えたらビックリするのはいかがなものかと思うが。それとどうやら、吾輩の声は「いけおぢ」とかいう生物の声に聞こえるらしい。ふむ。
地球外において「ネコ」というのは支配的な種族であり、一般的な「ヒト」よりも知能が高いことで知られている。地球の猫とは似て非なる存在なのだが……主はそういった説明に耳を塞いで「あーあー聞こえない」と全てをシャットアウトするのである。
今も主は、炬燵に入って現実からひたすら目を逸らし、吾輩が買ってきた飴を無心で食べている。
「あ、この飴美味しい。何これ」
「パソッカという。ブラジル旅行の土産だ」
「え、なに。マダナイは私をほったらかしてブラジル旅行とか行ってたの? えーズルい! 私はウンコ上司に有給却下されて、温泉旅行を泣く泣くキャンセルしたとこだったのにぃ! ズルいズルいズルいズルい!」
主はそう言って、成人女性らしからぬ駄々っ子っぷりを発揮しながらパソッカを頬張る。やはり地球人類の知能はそれほど高くないようだ。
だいたい、温泉とかいうのも吾輩には意味がわからない。あんなのただの水たまりじゃないか。
主は「源泉かけ流しの大露天風呂!」とはしゃいでいたが、屋外に設置されていると、なおさら水たまり感が増すだろうに。理解不能である。
「それはそうと主。先ほど郵便配達員がポストに何か手紙のようなものを入れていったぞ」
「そう? 持ってきて、マダナイ。私は炬燵から動けないの。ブラジルまで行けるんだから、玄関との往復なんてちょちょいのちょいでしょ」
やれやれ、と吾輩は席をたつ。
主はよく「暖炉のある家って憧れるよね」などと言っているが、実際にはこの通り、炬燵のヘビーユーザーである。憧れは憧れとして、実際に設備導入をするのはまた別の話らしい。まったく、地球人類というのはなんとも不可思議な生態をしているものだ。
◆ ◆ ◆
主の運転する車に揺られながら、吾輩は手紙に目を落とす。
〒のマークから先はかなり字が汚くて、主の名前である「
中に入っている手紙も同様に字が汚く、どうにか単語を拾い上げるので精一杯だった。その内容も、いまいち理解しがたい。
手紙の差出人はどうやら、日時と場所を指定して主を呼び出したらしいのだが。
「主。こんな呼び出しに応じて、大丈夫なのか?」
「い……一応クマの着ぐるみは持ってきたけど」
「それで安全が確保できるとは思えないが」
手紙には、主が昔に通っていたという小学校の名前が書かれていた。あからさまに怪しいため、こんなものは無視すれば良いと吾輩は思うのだが。
「だって、呼び出しに応じないと……闇落ちした怨念に魂を乗っ取られるって書いてあるし!」
「いや、そのような怪奇現象は科学では説明が」
「だってだって、宇宙ネコもいるんだから妖怪だっているかもしれないじゃん! あんな手紙を出すなんて絶対に人外だよ!
主はそう言って怯えるが、その記述のあたりは手紙の字が汚くて、あまり正確に解読できていないように思う。もしかすると書き手が伝えたかったのは、もっと別のことなのではないかと吾輩は思うのだが。
だがまぁ、とりあえず。
「主の防衛用に、吾輩も道具を持ってきたぞ」
「え、何それ……糸の束みたいだけど」
「うむ。この糸を敵性生物に巻き付けて手元のスイッチを押すと、一瞬にして有刺鉄線に変化するという捕縛道具なのだ。地球外ではありふれたものだが」
「えぐっ……宇宙こっわ」
解せぬ。
これでも吾輩なりに、敵性の地球外生命体が現れた時のことを考えて準備してきたというのに。その反応は少々理不尽だろう。
◆ ◆ ◆
既に廃校になっているその小学校に到着したのは、日もずいぶん傾いてきたころだった。
主はクマの着ぐるみ姿で、手には糸を握りしめている。なんだかんだ言いながらしっかり捕縛道具を手にしているあたりに、主の怯えの本気度が伺える。
そうして呼び出された場所に向かうと、そこには数人の男女が楽しげに盛り上がっていた。
「おーっす……え、着ぐるみ? 誰?」
一人の男がそう声を上げると、主はゆっくりと着ぐるみの頭部を脱ぐ。
「す、鈴村だけど。カンちゃん?」
「あかね? なんで着ぐるみ……」
「いやなんか……怪文書で呼び出されたから」
そうして主が手紙を見せると、集まっていた男女が一様に顔を顰める。
「うわ……だからタカトに手紙書かせんのは止めとこうって言ったんだよ。あいつの字マジで汚くてさぁ、年賀状とか、三年に一回しか無事に届かないし」
なるほどな。この雰囲気だと、おそらく主が恐れていたようなホラー展開にはならないだろう。
吾輩は念のため周囲の警戒を続けながら、会話に耳を傾ける。これはどういう集まりなんだろうか。
主は首を傾げ、遠慮がちに話しだす。
「えっと……もしも来なかった場合は。逢魔時、幻の階段を登った場所で開催される黒ミサで血の生贄にされ、闇落ちした怨念に魂を乗っ取られる……って手紙に書いてあったんだけど」
「そんな風に読んでたの? たぶん……夕暮時、例の缶詰を埋めた場所で開封される黒歴史が皆に公開されて、封入した情報が噂に乗って流れる……みたいな感じだと思うよ。俺も細部は判読できないけど」
なるほど。やはり字を綺麗に書けないと、情報伝達の上で致命的な齟齬が生じるものなのだな。ひとまずは、危惧していたような事態にはならなさそうでひと安心である。
「あ、あの……え、それでみんなで集まって、ここで何をするの? 私、まだよく分かってないんだけど」
「覚えてない? タイムカプセルだよ」
「タイムカプセル……あー、埋めたね。そういえば」
男の言葉に、主は手をぽんと叩いて納得する。
タイムカプセルということは、おそらく時間停止処置をしたカプセルなのだと思うが。地球の技術力でもあれが再現できるということなのだろうか。吾輩も個人的に興味深く思う。
「ってわけでさ。もうちょっとしたら全員集まると思うから、そうしたら掘り返そう。居酒屋も予約してあるから、そこで同窓会をしつつ、開封大会をしようと思ってて」
「なるほど。それでこの時間に」
「そうそう。楽しみだなぁ……たしかハートのシールが貼ってある手紙とか入れてた奴もいたじゃん。未来の自分に向けて、お気に入りの髪飾りやイヤリングなんかを入れてた子もいたし。あとそうだ、初恋の暴露話なんかも何人か入れたって言ってたよな」
「あ……あー!」
主はそう叫ぶと、着ぐるみの頭部を再度装着してクマになる。いったいどうしたというのだろう。
「あかね? どうした、またクマ被って」
「忘れて……私の存在はないものと思って……お願い……私なんであんなの入れたんだろ……読まずに破棄してもらえないかなぁ」
「ふふふ、こりゃあ楽しみになってきたぞ」
そんな風にして、主はこの日、すっかり忘れていた黒歴史を無事に掘り返されることになったらしい。
聞けば主はどうも、その昔は魔法少女になりきっていたようだ。手紙には「何かの魔法陣」と「好きな男子の名前」がしっかりと書き残されており、その場に居合わせた皆が何やらアンニュイな顔になっていた。吾輩としては、かなり愉快な光景だったと思う。
主は精神的にかなりの重傷を負ったようだが、それからは旧友の何人かと連絡を取り合うようになって、たまに彼らと遊びに出かけるようになった。うむ、とにかく楽しそうで何よりである。
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