中の人たちの休憩室【パソッカ、いけおぢ、着ぐるみ】


 田舎にある寂れたテーマパークが、最近になって急に人気スポットと化した。


 とあるインフルエンサーが取り上げたことがきっかけで、テーマパークのキャラクターがかわいいと評判になり、それ目当てで客が押し寄せたのだ。


 当初、テーマパーク側は目を白黒させてこの事態に首を傾げていたが、すぐにこの波に乗るべくあらゆる企画を立てた。

 おかげで今は開園当初の盛り上がりを取り戻し、テーマパークは常に賑わっている。


「きゃー! ルンターン!」

「写真撮ろー、ルンタンっ!」

「か〜わ〜い〜い〜!」


 さて、その人気が爆発したキャラクターというのがこの「ルンタン」だ。


 月をモチーフにしたるんるんルーンパークのメインキャラクターで、淡い黄色のウサギのような姿をしている。

 ぽっこりとしたお腹と愛らしい尻尾、つぶらな瞳に小首を傾げる仕草がとにかくかわいい。


 どう見てもウサギだが、背中にふわふわの羽が生えているのでウサギのような﹅﹅﹅生き物だと言われている。


 キャラクターはルンタンだけではない。


 個性愉快な仲間たちというのも存在しており、リスのようなキャラ、クマのようなキャラ、カナリアのようなキャラがおり、それらもみんなかわいいのでそれぞれ人気が高い。


 そして仲間がいれば敵もいるのが世の常で、ルンタンたちに意地悪ばかりをするヒョロリというなにを模したのかよくわからないキャラクターもいる。


 わかりやすい悪役にしたかったのか、これがまたとにかく気持ち悪い姿なのだ。


 全身真っ黒でヒョロヒョロしており、ほかの動物キャラと違ってほぼ人型。

 頭だけが大きく、顔の横についた大きな耳、ギョロっとした目、加えて歯をむき出しにした顔がまた不気味さを増している。


 一部ではコアなファンがいるらしいが、間違いなく幼い子どもは泣く。

 これが着ぐるみとして等身大で登場すれば、敵とみなして攻撃してくるキッズも多かった。


「あ、ヒョロリがきた! うぇぇ、変な動き〜」

「意地悪ヒョロリ! あっち行けー!」

「キックしようぜ、キック!」


 中の人……なんてものは存在しないが、とにかくヒョロリにしてみたらたまったものではない。


 しかしプロ意識が高いヒョロリはキッズたちの攻撃から逃げる際も、キャラクターの特徴的な動きをしながら逃げていた。


 だがキッズとは残酷な生き物で。

 奇妙な動きをすればするほど追跡して攻撃してくるのだ。


 そんな時、現れたのは我らがルンタンである。


 ぽんぽん、と優しく子どもたちの肩を叩いて引き止めると、ルンタンはゆっくりと首を横に振った。

 キャラクターの声で「もう許してあげようよ」「ヒョロリだって、一緒に遊びたかっただけだよ」と聞こえてくるようだ。


「え、ルンタン? やめろって?」

「そうだよね、ルンタンはいつもヒョロリのことを許すんだ」

「優しいルンタン!」

「ルンタン、だーいすき!」


 こうして、るんるんルーンパークの平和は保たれた。


 これが、パークの日常だ。


 ꪔ̤̱ꪔ̤̱ꪔ̤̱ꪔ̤̮ꪔ̤̮‪ꪔ̤̥‬‪ꪔ̤̫


「……ぶはぁ」


 ここはキャラクターたちの休憩室。

 いわゆる、中の人たちの休憩室だ。ここではその存在が許される。


 かわいいルンタンの頭を外して出てきたのは、汗だくになった無精髭のおっさんだった。

 上半身だけルンタンの皮をはがし、ベンチに座って手で顔を仰いでいる。


 一度座るともう動けない。

 おっさんくらいの年齢になると、ここから再び立ち上がるのにかなりの気力を要する。

 それがわかっていながらも、一度座らないと体力がもたない。


 これがルンタン中の人歴二十年、四十代のおっさんのジレンマだ。


 最初はテーマパークを経営する会社で、普通に会社員として働いていたはずなのだが、たまたまやらされたルンタンの評判がよく、たまにならやってもいいという話で中の人をやっていたのだが。

 最近はこちらが本職なのでは、というほど駆り出されており首を傾げている。


「お疲れ様でーす、大路さん! はい、これどうぞ!」

「あ? ああ、細川さんか。ありがとな」


 いい加減に立ち上がり、着替えて帰る準備をしたいと思いながらぼーっと無為に時間を過ごしていると、同じ中の人仲間の若い女の子が紙コップに入った冷たいスポーツドリンクを渡してくれた。


 休憩室に常設してある飲み物で、少し歩けば自分で取りにいけるのだが、いかんせんおっさんは一度座ってしまった身。

 喉はカラカラで身体は水分を欲していたが、そこまで行くのにも気力が必要だったのだ。


 そんな時、飲み物を持ってきてくれた細川はまさに救世主。


 大路と呼ばれたおっさんはありがたくそれを受け取ると、一気にぐびっと飲み干す。

 若い女の子が隣にいるのだから出来れば飲み終えた後の「っあ""~~~」という声は出さない方がいいのだろうが、どうしても出てきてしまう。


 ありがたいのはその若い女の子である細川が一切気にした風もなくニコニコしていることだろうか。

 それどこか、細川はお礼まで言ってきた。


「ありがとうを言うのは私の方ですよー。さっき、子どもたちのキックから守ってくれたじゃないですか。さっすがルンタン!」


 大路は少し考えて、仕事中にキッズから追いかけまわされていたヒョロリのことを思い出し、得心がいったように頷いた。


 まさかあの気持ち悪いヒョロリの中の人がこんなに若くてかわいい女の子だとは誰も思うまい。


 だが、あのヒョロリの体型を考えると細身の男性か女性じゃないと務まらない。

 加えて細川はあの奇妙な動きがとてもうまいのだ。本人もノリノリで楽しんでくれているのでまさにウィンウィンだった。


「あー、あれか。まぁ、俺も経験あるからな。人気キャラだろうが蹴られたりすんのはよくあるこった。細川さん、痛みや怪我はねぇか?」

「へへっ、ないですよ! 優しいですね? 大路さんってー、おぢなのにモテそうですよね」

「なんだそりゃ」


 若い子の言うことは時々よくわからない。

 が、あえて掘り下げることなくスルーしてやるのが大路なりの処世術だ。


 今の世の中、何がハラスメントになるかわからない。

 どうして若くてかわいいのにヒョロリなんて気持ち悪いキャラクターをやりたがるの? だなんて恐ろしくて絶対に聞けない話題だ。

 若い子もいる職場では、気を遣いすぎるくらいがちょうどいい。


 正直、痛みはないか聞くのもヒヤヒヤしていたのは内緒である。


「そうだ、これあげます」

「あん? 菓子か」

「はい! 手作りなんですよ」


 スポーツドリンクを飲み干し、いよいよ立ち上がらねばと思っていると、細川から急にタッパーが差し出される。

 庶民的な透明タッパーの中には、白っぽいクッキーのようなお菓子が入っていた。


 甘い匂いでお菓子とわかったが、正直なところ見た目は。


「……コルク?」


 ワインのボトルについていてもおかしくないほど、完全なるコルクだった。

 ブツブツした感じといい、大きさといい、形といい、どう見てもコルク。


 細川はその反応がわかっていたのか、ぷはっと一度吹き出して笑うとそれを否定した。


「違いますよ。パソッカです」

「パソッカ……? 聞いたことねぇな」

「まーまー、食べてみてくださいよ!」


 そう言いながら細川は一つコルク……もといパソッカをつまむと自分の口に放り込む。

 せっかくどうぞとくれたものをいらないと突っぱねるのも悪い、と大路もひとつ摘まんでおそるおそる口に運んだ。


「……ん? なんだ、きなこ棒か」

「きなこ棒? 違いますよ、パソッカですってば。ピーナッツのお菓子です!」

「ふぅん、うまいな。が、水分持ってかれる」

「あはは! ですよねー。それはわかります」

「でも不思議ともっと食いたくなるな」

「後を引きますよね、それもわかります。シンプルな味がちょうど良くて、作るのも簡単だし最近ハマってるんですよ。あ、もっと食べていいですよ」


 タッパーを大路に押し付けながら今度はお茶を持ってきますね、と言って立ち上がった細川は、丸一日あの奇妙な動きをしていたというのに疲れを感じさせない足取りでお茶を取りに行ってしまった。


「あれが若さか……しかし、本当に後を引くな」


 遠い目になりながらもう一ついただこうときなこ……パソッカをつまんで口に放り込む。

 素朴な味わいが口の中に広がり、甘さが疲れを取ってくれる。

 懐かしさを感じるのは、やはり子どもの頃に食べたきなこ棒に似ているからかもしれない。


「はい、どうぞ」

「わざわざ俺の分まで。ありがとうな」

「やだなぁ、だって自分の分だけ持って来られないですよ」

「それでも、だ。疲れてんのにお菓子までくれてよ。礼を言うのは当然のことだろ」

「世の中、その当然ができない人は多いんですよ」

「だからそうならないように気をつけんのさ」


 お茶を飲んで、今度は「はぁぁぁ……」と息を吐いた大路は、もう今日は立ち上がれないかもしれないと思った。


「ささ、まだまだありますよぉ!」

「おいおい、そんな食えねぇよ」


 結局、大路はあと二つパソッカを食べることとなり、今度はしょっぱいものが欲しくなった細川とともにラーメン屋に向かった。


 こんなおっさんとラーメン屋に行っても抵抗がないらしい細川の危機感を心配しつつ、帰りは自宅までのタクシーを呼んでやる。


「やっぱ、大路さんはいけおぢだ」

「なんだ、そのいけおぢ?ってのは」

「なんでもないです! 今日はありがとうございましたっ! お疲れ様でーす!」


 タクシーのドアが閉まり、笑顔で手を振って来る細川に大路も軽く手を上げる。

 走り去ったのを見届けると、大路は大きく伸びをしてから帰途についた。


「……やっぱ私、子どもにしか見えないのかなー」


 タクシーの中で、細川がそんな意味深なことを呟いていたなど思いもよらずに。

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