初恋はメロンパンの味【初恋、メロンパン、有刺鉄線】

※こちらの作品は鶴の間に掲載されている「ダウナーくんとウザ絡みちゃん」をご覧になってからお読みいただくことをお勧めします。


 🍈 🍈 🍈


 垂井たるいようには悩みがある。

 最近、同じクラスの新聞部女子が放課後になると家にやってくることだ。


 家、というと語弊があるかもしれない。

 瑤は寺に住んでおり、寺なら心霊現象や妖怪話などのネタがあるのではと押しかけてくるのだ。


 つまり用があるのは寺の方。

 彼女は瑤の都合などお構いなしに、ほぼ毎日やってくる。


 人の話を聞きかずにぐいぐいくる系新聞部女子、絡水からみ羽咲うさは、面倒ごとを嫌うダウナー系の瑤にとって最も苦手なタイプの人間だった。


 だというのに結局のところ来訪を受け入れているのは、羽咲が必ず持ってくるお礼と称した人気パン屋のメロンパンが気に入っているからにすぎない。

 パン屋の娘特権を活かし、限定品を持ってくるのが小憎らしい。


 友達のいない瑤のことを「お友達」と明るく言い放つ羽咲が気に入ったからでは決してないのだ。


 今日も飽きずにやってきた羽咲は来て早々、寺の裏側を探検すると意気込み一人駆けて行った。

 裏側に回ったところで特別面白いこともない。すぐに戻って来るだろうと高を括っていた瑤は、いつも通りの袴姿で賽銭箱付近にある階段に座ったまま、長い前髪で隠れた目を半開きにしながらぼーっとしていた。


「きゃーっ! 瑤くーーーんっ!!」

「っ!?」


 そんな時に聞こえてきた突然の悲鳴。瑤はバッと立ち上がると急いで駆け出した。


 実を言うと、ここはただの寺ではない。

 そして瑤もただの人間などではなかった。


 瑤は妖怪たちを束ねる家門、鬼の一族の若君だ。

 大昔にひょんなことから手に入れたこの寺に妖怪たちを少しずつ住まわせ、人間界で修行をする際の拠点として住んでいる。


 妖怪の集う場所は、人間に認識されにくくなる。

 その特性を利用して拠点にしているのだが、たまに力のある人間はこの寺を見つけてしまう。


 その一人が、羽咲だった。


 基本的には平和な寺だが、ここには数多の妖怪が住んでいる。

 彼らは、人間がいる場所に妖怪とわかるように現れることはないが、最近になって寺によく出入りするようになった羽咲に対し、いたずらをする妖怪がいてもおかしくない。

 なんなら初めて来た日にも、妖怪がちょっとしたいたずらをしてヒヤッとしたくらいだ。


 きっと今の悲鳴も妖怪の誰かがいたずらをしたのだろう、と瑤は焦って向かっているのである。


 バレたらまずいのではない。

 バレたら確実に面倒なことになるのが嫌なのだ。


「なにここーっ! ネタの匂いがプンプンするんだけどっ!」

「なんだ……」


 慌てて羽咲の下に駆け付けた瑤だったが、彼女が指差す先にある物を見てすん、と真顔になる。

 その顔には明らかに焦って損した、と書いてあった。


「あんま近づくな」

「わかってるよー。有刺鉄線だもんね。触ったら痛そー。こんなにトゲトゲしてるんだー。あたし、近くで見るの初めて」


 羽咲が見つけたのはただの有刺鉄線だった。

 寺の裏側、少し先まで歩いたところに張り巡らされている。


 寺は山の入り口にあるため、有刺鉄線の先は鬱蒼とした森が広がっているばかり。

 森を保護するため、あるいは野生の動物が入って来ないようにこうして対策をしてあるのだろう。


「ねー、この奥にはなにがあるの?」

「森だな」

「それは見たらわかるよ。そうじゃなくてー、ほら、なんか触れてはならない祠とか、何かが封印されている洞窟とか……」

「あー、だりぃ……知らねぇよ」

「あ、親に近づいたらダメって言われてるとか!?」


 別にそういうわけではないが、都合よく解釈してくれたのでそういうことにした。

 しかし、羽咲の口からはさらに答えるのが面倒な質問が飛び出してくる。


「っていうかさ、おうちの人いないの? お寺なんだから当然誰かいるよね? 住職さんとか」

「あー……」


 おうちの人、つまり家族だろう。

 妖怪ならそりゃあもう、今もあらゆる場所にうじゃうじゃいるが、さすがに紹介するわけにもいかない。


 それに実の親である鬼は人間界にはいない。

 幼い頃から瑤を世話してくれている厄介なヤツならいるにはいるのだが、やはり人間ではないため紹介も難しい。


「おほんっ、お嬢さん。よく来たのう」


 と思っていたのに。


 寺の中からタイミングを見計らったかのように緋色の袈裟を着て白い髭を生やした老人がやってきた。


 間違いなく瑤の世話係である厄介なヤツ、天狗だ。


 人間の姿に変身しているが、特徴的な鼻の高さと赤ら顔が隠しきれていない。

 瑤が睨んでいるのを意に介さず、ご機嫌な様子で羽咲を見ている。


「わ、あっ、住職さんですか!? お、お邪魔してますっ!」

「カッカッカッ! 構わんよ!」


 腕を組み、踏ん反り返りながら豪快に笑う天狗を見て、羽咲はコソコソと瑤に耳打ちをした。


「瑤くんと似てないね」

「そりゃな」

「そりゃな、って。血が繋がってるんなら似てるに決まって……あ、複雑な事情ってやつ? ごめん! なにも言わなくていいからね!」

「……だりぃ」


 別に羽咲が想像しているような、親がいないだとか一緒に暮らしていないだとか、そういった複雑な事情があるわけではないのだが、またしても面倒なのでそういうことにした。


 そもそも、瑤が寺で暮らしている事情はもっと複雑なのだが。


 羽咲は取材のチャンスだと思ったのか、ここぞとばかりに住職だと思っている天狗に話しかけた。


「毎日お邪魔しちゃってごめんなさい。あの、ちょっと質問したいんですが……あっ、お仕事の邪魔にならなければですけどっ!」

「なんの、なんの。かわいい女子おなごが来てくれてそれがしも嬉しいからのう。何でも聞くがよい」

「か、かわいいだなんてぇっ!」

「若……ん”ん”っ、が思い人を連れて来る日がこようとは思わなんだ。父君も大層喜ぶことじゃろうの」

「おい、天狗。なに勝手なことを……」

「天狗?」


 傍観を決め込む予定だった瑤だが、余計なことを言う天狗に思わずと言った様子で口を挟む。

 が、慌てていつも通りに呼んでしまったことでそちらに羽咲が反応してしまった。


 瑤はしばし目を泳がせると、苦しい言い訳を始める。


「じ、じーさんの鼻、ちょっと長ぇだろ。赤ら顔だし……」

「言われてみれば……?」


 しかし羽咲は単純だった。

 実際に天狗の特徴が隠れ切れていないのも功を奏したのだろう、あっさり信じてくれたようだ。


「カーッカッカッ! 周囲の者にも某は天狗と呼ばれておる! お嬢さんも呼んでよいぞ!」

「あははっ! 住職ったら面白い人ですね! じゃあお言葉に甘えて、天狗さんって呼びます!」

「いやぁ、若い女子に呼ばれるのも悪くないのう! 今日は良き日じゃ! カーッカッカッ!」


 天狗の癇に障る笑い声が響く。

 普段は澄ましているくせに、若い女の子がきたというだけでこれだ。


「天狗さん、あの有刺鉄線の向こうにはなにがあるんですか? 立ち入りはやっぱりできないんですかねぇ?」


 上機嫌な天狗を見て、今なら聞き出せるかもしれないと思ったのかもしれない。

 羽咲がわくわくしながら聞くと、天狗はこれまでの笑顔から一変、すっと真顔になった。


 普段は空気を読めない羽咲だが、なにやら感じたのかピンと背筋を伸ばす。


(やっぱこいつ、妖力を察知できるな。……だりぃ)


 内に秘めたる妖力が表に出てしまったものが妖気で、その妖気は第六感で察知する人間も多い。


 だが今の天狗は妖気を出してはいない。身体の内側で妖力を高めただけだ。

 これを察知できる人間はとても少ないため、天狗は寺の場所を見つけた羽咲の力を試したのだろう。


 類稀なる才能だ。そして、敵に回れば妖怪にとって羽咲の力は危険なもの。


 できるならこちら側に引き込みたいが、相手は人間。恐怖によってどう転ぶかわからないので迂闊に正体を明かすこともできなかった。


「……お嬢さん。この向こうにはな、恐ろしい鬼が住むという逸話がある」

「お、鬼、ですか」

「うむ。だが鬼は一方的に悪さをせぬ。己と、己の住む場所に危険がなければ干渉してこぬのだ」


 妖力を練りながら語る天狗は迫力がある。

 幼い子どもなら大泣きしていたかもしれないが、羽咲は興味津々な様子でじっと天狗を正面から見つめ返していた。


 そんな羽咲を気に入ったのだろう、天狗は妖力を練るのをやめてニカっと笑う。


「たとえうっかりでも、干渉してしまわぬよう立ち入りを禁じておるのよ。こちらからも、あちらからもな」

「ははぁ、なるほどぉ」


 羽咲もホッと肩の力を抜くと、ポケットからおもむろにメモとペンを取り出した。


「これ、記事にしてもいいですか!?」

「場所がわからぬようにしてくれるのであれば問題なかろうよ」

「そこは万全にします! どこかにそういう場所があるらしい、って感じで書くので! ひゃーっ! 忙しくなるぞーっ!」


 やる気に満ち溢れた顔になった羽咲は、メモを取りながら寺の表側へと歩き出す。

 その後ろにのんびりついて行きながら、天狗が瑤に小声で語りかけた。


「あのお嬢さん、心配しすぎなくとも大丈夫そうだの……ん、んんっ!? わ、若様、今、笑って」

「笑ってない」

「いーや、この天狗しかと見ましたぞ! あの女子を見て微笑んでおられた! おほーっ! 青春というヤツじゃな!? おーっほっほ、ごはっ、けひゅ、ごっふぉ……」


 笑いすぎて噎せる天狗に冷めた眼差しを向けた瑤は、真っ直ぐいつもの場所へと向かう。

 そのまま賽銭箱付近の階段にドカッと座ると、今日の分のお礼メロンパンを紙袋から取り出して齧りついた。


 瑤は前髪で金色の目が隠れているのをいいことに、チラッと羽咲に視線を向ける。

 無邪気に笑う彼女を見ると、胸が妙にぽかぽかするのはいつからだったか。


「はぁ、だりぃな。……くそだりぃ」


 瑤は再びメロンパンを齧ると、無言で一気に食べ尽くす。

 胸の内に灯った小さな想いは、メロンパンの甘さと似ている気がした。

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