運命の相手【土産、呼び出し、水たまり】

「なぁなぁ〜、俺と付き合ってよ。恋人のいない高校生活なんて寂しいじゃん?」

「あんたと付き合うなんて選択肢はないから安心しなさいよ」

「えー、冷たいな。俺と付き合ったらさ、きっと楽しいこといっぱいあるぜ?」

「楽しいことってなによ。付き合わないけど聞いてあげるわ」


 クラスメイトの坂口彩夏が、つまらなそうに隣に座る俺との会話に付き合ってくれる。もうすぐ授業が始まるので仕方なくだろう。中学から一緒なのはこのクラスでは彩夏だけだ。


「俺とデートできる!」

「全然いらない。楽しくない」

「決めつけるなよ!」

「他の子に目を向けなさい……って言いたいけど、誰にとってもいい迷惑よね」

「ひでーよ! でもそうなんだよ、こんなの頼めるの彩夏しかいねーんだよ。俺と付き合おうぜ〜。恋人のいる楽しい高校生活を一緒にさぁ」

「そんなんだから女の子が寄り付かないんでしょ。下心ありすぎよ」

「だから彩夏に頼んでんだよ。あ〜やかってば〜」

「うざ」


 恋人のいる高校生活を送りたいだけなのに。


 彩夏は気が強いし、軽く話す男子はいるけど特別な相手がいるふうでもない。だから気楽に頼めるんだけど、全然俺に気がないんだよなぁ。


「うざすぎるから、あんたの運命の相手を占ってあげるわ」

「は!? 彩夏、そんなんできるのか!?」

「しつこいから、あんた。ちょっと目をつむってて」

「おーよ!」


 まさか彩夏が占いなんてできるとはな! うーん、文化祭は彩夏の占いコーナーとかでいいんじゃねーか?


 ん? なんだか今ボソッと「スロットメーカーポチッとな」なんて声が聞こえた気がしたが!?


「目を開けていいわよ」

「お、おう」


 今、スマホをしまったよな?


「神の導きの声が聞こえたわ」

「なんだと」


 こえーよ!


「あんたの運命のキーワードは『土産』と『呼び出し』と『水たまり』よ。それが交わる場所に、運命の相手が現れるわ。まぁせいぜい頑張れば」

「な!? それって――」

「授業始めるぞー、席につけー」


 なんてタイミングで先生が来やがるんだ。


 彩夏は晴れやかな笑顔を俺に向けるだけだ。これ以上、何かを言うつもりはなさそうだ。


 ――よし、頑張るか!


 ◆


 放課後、私の隣の席の腐れ縁クラスメイト、神谷祐介がガタッと立ち上がった。


「彩夏! 俺、決めてくるぜ!」


 ウインクして親指を立てる祐介。不安しかない。SNSで見かけたプチ三題噺企画のスロットメーカーで引き当てたお題を言っただけだけど……人様に迷惑をかけたら私のせいになってしまうかもしれない。


 仕方ない、少し様子を見てみるか。今日は部活もないしね。


 私はそっと、教室の外へとスキップして出ていく祐介のあとを追った。


「えーっと、三十分後くらいにしておくか。二階の廊下の手洗い場に必ず来るように……っと」


 祐介がボソボソと呟きながら、破ったノートに何かを書いている。……って、なんで私の下駄箱に入れてるのよ!


 もう一枚のノートにも何か書いているわね。


「運命の出会いがあるかもしれない! 求む、可愛い女の子! いや、可愛いと書くのは駄目か。自分を可愛いと思ってる女の子……ううん、地雷かもしれない。ここは彼氏のいない女の子に……場所は二階の手洗い場で……」


 複数人バッティングする可能性をまるで考えてないわね。あんな怪しいのを読んで行く人なんているわけないけど。バカなのよねー、あいつ。


「セロテープがないな。職員室で借りてくるか」


 ……どう言い訳して借りるつもりよ。まぁいいわ、この隙に私もちょっと……。


 友人と授業中に手紙のやり取りをする用のメモ用紙を取り出して、メッセージを書いておく。私の下駄箱にはさっきの呟き通りの破ったノートが突っ込まれていた。とりあえず、それは鞄にしまっておく。しばらく隠れて待っていると、もう一度祐介がやってきて下駄箱手前の柱にさっきの紙をペタッと貼る。


 ……ほんと、どう言い訳してセロテープを借りたのよ。


「よし、次は土産だな! 調理部では、まだ何も出来上がってないよなー。仕方ない、ここは花だ!」


 ひっそりと様子を伺うと、校舎を出てたんぽぽを集めているようだ。摘み取られたたんぽぽ……ものすごくいらないわ。


「よし、完璧だ!」


 どこがよ。たんぽぽが可哀想じゃない。


 祐介がまた「待ってろよ、運命の相手!」とかなんとか言ってスキップしながら校舎へと戻る。


 あいつね……嫌いじゃないけど、恋人にしたいかって言われるとね……。見ているだけでお腹いっぱいだわ。


 今度は手洗い場の隅にたんぽぽを置くと、手でお皿をつくって水を溜め、隅っこにじゃぼっと水たまりをつくっている。人が滑らないように一応気を遣ってはいるらしい。


「土産! 呼び出し! そして水たまり! パーフェクトだな! 時間もそろそろだし完璧な采配だ」


 あいつと仲いいよねとはたまに友達に言われる。付き合おうとは思わないけどね、と言うと「だろうね」と苦笑される。と同時に、「話すと面白そう」とか「可愛さはあるよね」という感じの評価で悪い印象ではない。


 まだ五月。もう少し時間が経てば、おもしろキャラとして定着するのかもしれない。


 隠れてあいつの様子を探っている自分に呆れる。ほっとけばよかったのに、まったく。


「全然来ないな……」


 待ちくたびれてあぐらをかいて座り込んでいるあいつの前に、私は手を腰にやりながらさっき書いたメモ帳を持って姿を現してやった。


「うぉ! やっぱり彩夏が運命の相手――」

「運命の相手からメッセージを預かったわ」

「なにぃ!?」


 ポンとそれを手渡す。奪い取るようにして祐介が必死になって読み始めた。


『あなたの運命の相手です。四階女子トイレの奥から二番目にいます。水たまりに気をつけて、たんぽぽを持って来てください。トイレの花子より』


 ふっ。バカそうな顔。


「あんたの運命の相手は花子だったみたいね。付き合ったら?」

「こえーよ! さすがの俺も女子トイレには入れねーよ!」


 ……男子トイレって書いた方がよかったかな。


「はぁ……帰るか」

「そうね、帰りましょう」


 同じ中学だったこともあって、自宅は近い。あと一時間近くはこいつと一緒だ。祐介が男子トイレから雑巾を持ってきて廊下を拭き終わるのを待ってから歩き出す。水たまりはもうない。


「なぁ〜、運命の相手は彩夏ってことでいいだろ?」

「よくないわよ」


 こいつといるのは結構楽だ。恋人になる気はないけど、話すのは……楽しくなくはない。


 張り紙をはがし、私の下駄箱からあの手紙がなくなっているのを横目で確認されているのを感じながら、靴に履き替える。


「俺が今告白したら付き合う?」

「断る」

「即答は辛いなー」


 未来はどうなるか分からないけどね。

 

 ティッシュにたんぽぽを包んで私の手紙を綺麗に折り畳んで鞄に入れる祐介を見ながら、言わないその言葉を呑み込んだ。

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