いけおぢからのお土産はハート型【いけおぢ ハート 土産】
イケオジとは、色気があって中身もイケメンな中年男性のことである。
きっとイケオジに憧れる人は多いだろう。
――そして、いけおぢとは、ちょっと可愛いげのあるいけてるおじさんである。
正統派イケメンであるイケオジとは似ているようでかなり違う。カッコ良さとおじさん臭さがちょうどいい具合に混じり合っているのが望ましい。
いけおぢ好きは、おそらく少数派とされるだろう。
私は今、イケオジではなくいけおぢに恋している。
恰幅がよく、柔和な雰囲気と表情が魅力的な、池内課長。私より二十歳年上だが独身だ。
課長はいつも私に優しい。新入社員だからだとは思うが、優しくされる度に胸がときめいてしまう。
とはいえ、年の差が大きいので彼の妻になれるとは思っていない。この恋心は一生胸に秘めておくつもりでいた。
「課長、おはようございます。出張お疲れ様でした」
「ああ佐久間くん。ただいま」
出張から帰ってきた池内課長に、私はなんでもないような顔で挨拶をする。
(ああ、今日も素敵! 少し皺が寄ってたるんだ瞳がかわい過ぎる。お仕事でお疲れなのかな。課長仕事熱心だもんなぁ。そんなところが最高。好き)
なんて思っていることはおくびにも出さない。
引かれてしまったら話してもらえなくなる。それだけは嫌だった。だから、あくまでただの部下に徹するのだ。
徹しようと思うのに。
「はい、これ佐久間くんにお土産」
課長はそう言いながら、何かを私に手渡してきた。
見ると、それは小さな箱だった。
(わざわざ私のために? いやそんなわけない。部下みんなに配るに決まってる。でも、それでも嬉し過ぎる……!)
ただのお土産だとはわかっているけれども、片想いの相手からの突然プレゼントされると過剰に胸を高鳴らせてしまう。
しかも箱は赤いハート型。まるで恋人への贈り物のようだ。
(こんなんじゃ勘違いされても仕方ないですよ、池内課長。私はしませんけど)
「ありがとうございます。大事にします!」
「受け取ってもらえて嬉しいよ。じゃあ」
とびきりの笑顔を残して、池内課長はゆっさゆっさと去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、私は大切なお土産を握りしめた。
「佐久間ちゃん、お土産どうだったー?」
昼休み。
一人で昼食を食べていると、同僚の女の子が声をかけてきた。
余談だが、この子は私と同じおじ専。いけおぢよりイケオジの方が好きらしく、ダンディーな社長に惚れているらしい。
「お土産? 池内課長からの?」
「そうそう。あのおじさん、ほんとあげたがりなんだから。あんなに配るの大変だろうにねぇ」
やはりみんなもらっていたようだ。
そういう律儀なところが池内課長の魅力の一つ。あげたがりとは違うと思うが、熱弁してしまいそうなので口を閉ざしておいた。
「でも星型の箱めっちゃ可愛いし、クッキーも美味しかったよねー」
「私まだ食べてないんだ」
「へー」
せっかく楽しみにしてたのに、勝手にネタバレすんな。
心の中でそう毒吐いてから……私はあることに気づいた。気づいてしまった。
「今、星型の箱って言った?」
「言ったけど」
「みんな、他の人たちに配られたのもそうだった? 全部?」
「うん」
(そんなまさか)
私は慌ててお土産の箱を取り出す。
どこからどう見てもハート型である。それを見たら居ても立ってもいられなくなり、リボンを解いた。
だって――。
蓋を開けた中に、『I LOVE YOU』の文字がでかでかと刻まれたアイシングクッキーが入っているという嘘のような事実に泡を吹くことになるなんて。
それを間近で同僚に見られてしまうなんて。
柔和な顔を緊張でこわばらせながら、課長が遠目からこっそり眺めているだなんて。
そんなこと、全く思いもしなかったのだから。
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