万屋ハレの事件簿
「いやぁ~ん。ここの露天風呂、最高! しかも、温泉だからお肌スベスベぇ~」
ログハウスのコテージにご機嫌な野太い声が響く。
艶やかな金髪に晴天のような青瞳、まっすぐな鼻に形のよい唇の眉目秀麗な顔立ち。太い首に鍛えあげられた逞しい体というモデル顔負けの出で立ち。実際にモデルに勧誘されることも度々。
だが、それ以外のセンスが独特だった。
前髪以外を短く刈り上げた髪には、二頭身クマの髪飾りが光り、右耳には大きなハートのイヤリングが垂れる。しかも、上半身はフリフリレースをあしらった白いブラウスシャツで、下半身はピチッとしたピンクのスキニーパンツ。
「源泉かけ流しっていうのも最高よねぇ。
その問いに、暖炉の火を眺めながらソファーでのんべんだらりとしていた黒髪が気怠げに動いた。
ソファーから現れたのは、クリッとした丸い黒瞳に、ちょんとした鼻と柔らかそうな唇をもつ可愛らしい顔立ちをした十歳ほどの少年。だが、その可愛らしさから男女問わずにストーカーをされることも度々。
そんなハレちゃんと呼ばれた少年が不機嫌顔で言った。
「主をちゃん付けで呼ぶな。あと、仕事っていうのを忘れるなよ」
年齢にそぐわない言葉使いだが、金髪筋肉マッチョは慣れた様子で微笑んだ。
「仕事でこんな場所に泊まれるなら、いくらでも頑張っちゃうわ」
「なら、遠方から仕事が来るように頑張れ」
そう言って体を起こしたハレはローテーブルに置かれたフォークを持った。そのまま一口サイズにカットされたメロンを刺して口に入れる。
「さすがメロンの産地。旬なだけあって絶品だ」
口内に広がる溢れんばかりの果汁とメロンの濃厚な香り。噛まなくても蕩けていく果肉と独特の甘さで小腹が満たされていく。
恍惚な表情を浮かべるハレに青瞳が不満の色に染まる。
「もうっ! 私が買ってきたメロンは
「あれはメロンじゃなくてパンだろ。僕は果物のメロンが食べたかったんだ」
「なら、なんで袋にメロンって書いてあるのよ?」
プンプンと怒る金髪筋肉マッチョにハレがため息を吐く。
「そういう名前のパンだからだ。いい加減に覚えてくれ」
「もう、人の世は面倒ばっかりね」
投げやりな言い方にハレがフォークの先を青瞳へ向けた。
「その人の世で生きるつもりなら、一般常識を学べ」
「フォークの先を人に向けない、は一般常識じゃないの?」
「人外は別だ」
「んまぁー! 人外差別反対!」
そう言って太い指がチョンとフォークの先に触れる。それだけで先端がグニャリと曲がった。
「また弁償か。その馬鹿力もどうにかしろ」
「わかってるわよ」
「荷物を受け取る度に壊すだろ」
「それは、〒ってマークが壊された鳥居に見えて……」
何を思い出したのか青瞳から光が消え、表情が抜け落ちる。明るい空気が一変して暗くなり……
パン!
小さな手から手拍子が響き、青瞳に光が戻った。
「郵便記号に殺意を抱くな。まったく、道満め。いらん土産を残してくれたもんだ」
「んまぁ! 道満様を悪く言うのは、ハレちゃんでも許さないわよ! 今回の呼び出しも面倒そうだし、帰ろうかしら」
「さっき仕事を頑張ると言ったのは誰だ? あと呼び出しではなく、依頼と言え。まぁ、逢魔時の依頼は厄介なことが多いから、面倒そうは同意だな」
「そういえば、逢魔時もしくは大禍時は、夕方の薄暗くなる昼と夜の移り変わる時刻のことで、 魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると信じられたことから、このように言われるようになった。ほら、あたしだって一般常識ぐらいあるわ」
得意げに胸を張る金髪筋肉マッチョに黒瞳が半目になる。
「それを知っていることが一般的ではないことを知れ」
「もう! あー言えば、こー言う!」
プンプンと怒る大男を横目にハレは軽くため息を吐いた。
「どうして、こう僕の周りではロクなことがないんだ? 妖怪専門の万屋なのに、この前きた依頼は迷子の犬探しだったし」
ブツブツと愚痴る主に対して、青瞳がフッと柔らかくなる。
「そんなこと言って、結局は式神まで使ってその迷子の犬を見つけてあげたくせに。そういえば、その前の依頼は妖怪絡みだったじゃない。砂漠で着ぐるみを着て、天狗のおならの回収だったけど」
「……黒歴史だ。思い出すな」
言葉とともにメロンを飲み込んだハレが立ち上がった。
「依頼主が来たようだな」
二人がドアに視線を向けると同時に呼び鈴が鳴った。
「はい、は~い。ちょっと待ってねぇ~」
緊張感の欠片もない声とともに金髪筋肉マッチョがドアを開ける。
すると、そこにはくたびれた作業着を着た中年男が立っていた。整った顔立ちに年相応の渋みがあるが、目の下に濃い隈があり、全身から疲労感が漂う。
その姿に野太い声が歓喜に染まる。
「あんらぁ~、くたびれたイイ感じのいけおぢじゃない♪ あたしの好みだわ。あ、いけおぢは、
「その態度は失礼だと学べ。あと、くだらん拘りは捨てろ」
初対面なら確実に引くであろう会話も反応できないほど疲れているらしく、中年男はやつれた表情で無言のまま。
この状況を好機とばかりに金髪筋肉マッチョが話を進める。
「あたしは妖精のミサ。精霊じゃないからね。あと、タチよりのネコよ」
「自己紹介に性癖をぶっこむのをやめろ。あと、本名は美佐男だろ」
「やめてぇぇぇぇ! あたしはプリティラブリィなミサよぉぉぉ!」
野太い絶叫が響き渡る。
割れんばかりの大声に両手で耳を押さえたハレが依頼主に声をかけた。
「依頼の内容は手紙で把握している。畑に案内してくれ」
「はい、お願いします」
コテージの前にある長い階段を三人が下りていく。
夕陽が長い影を作り、不気味な空気が漂うが、それをぶった切るようにミサが話を始めた。
「ハレちゃんって初恋もまだっぽいわよね」
「それは今、話すべきことか?」
「だって、ハレちゃんって慈しむとか愛するとか、重要な感情が抜けてるんだもの」
「余計なお世話だ」
「ちなみにあたしの初恋は十歳の夏だったわ。あの夏は特に蒸し暑くて……」
長い語りに突入するかと思われたが、あっさりと終わった。
「いろいろあった初恋はタイムカプセルに入れて水たまりに埋めたの」
「何があったのかは別にいいが、なぜ水たまりに埋め……いや、僕は何も聞かなかった」
青瞳が哀愁とともに星が輝き始めた東の空を見つめる。
「そうよ、この広い宇宙からすれば、闇落ちした初恋を埋めるぐらいなんでもないことよ」
「闇落ちしたんかい」
思わずハレはツッコミを入れていた。
どうでもいい話をしていると、侵入を許さないとばかりに有刺鉄線で厳重に守られた広い畑が現れた。
その中心に黒い霧のようなものが噴き出している。その光景に依頼主の体が震えた。
「昼間は何もないのに、この時間になると現れるんです。そして、作物が……これ以上、被害が出たらうちはもう……」
依頼主が絶望したように頭を抱える。
一方のハレは慣れた様子で呟いた。
「怨念か憎悪の類か……とりあえず、近づいてみるか」
「そうね」
ミサがハレの華奢な体を軽々と持ち上げ、逞しい腕に乗せると、軽く地面を蹴って有刺鉄線の壁を飛び越えた。
そのまま青々と茂る作物を踏まないように足を進めていると、拒絶するように黒矢が飛んできた。
「いきなさい」
ミサの命令に髪飾りのクマが飛び出す。どんどん大きくなり、体を壁にして次々と矢を弾き飛ばしていく。
安全が確保されたところでハレが顎に手を当てて考えた。
「さて、どうするか」
「黒い霧の正体を言えばいいじゃない。正体を当てれば収まるって常識でしょ?」
「おまえに常識を言われるとはな」
クマを壁にして近づいていくと泣き声のような叫び声がした。
「パソッカ、パソッカ、パソッカァァァ!!!」
ポンッ、ポポポンッ!
黒い霧の声に呼応して作物がきな粉たっぷりの巨大信玄餅風になっていく。
その光景に唖然としながらもハレは首を捻った。
「パソッカ? 何なんだ?」
「どうやら、解決の鍵みたいね」
「探ってみるか」
フッと黒瞳から光が消え、この世界ではないモノを映す。
黒い霧から伸びる無数の糸。その中にある執着の糸を辿っていく。
二人の脳裏にぼんやりと景色が浮かんだ。
子どもたちが楽しく遊ぶ声。
そんな賑やかな公園の隅で子どもが黄色い粉がついた菓子を持って何かに話しかけていた。
『これはパソッカっていうお菓子なんだ。お母さんの故郷のお菓子なんだよ。少しだけあげるね』
『ごめんね、飼えなくて。でも、毎日遊びに来るから』
『ボク、お母さんの故郷に引っ越すんだ。だから、もう会えないけど……でも、君を飼ってくれる人を見つけたから大丈夫だよ』
そう笑いながらポタポタと落ちる雫。その瞳に映る小さな顔。
寒さに凍えることも、空腹もなくなったけど、切なく、寂しく、悲しい。もう一度、会いたい。会いたいだけなのに……
この感情は黒い霧の気持ち。そして、その正体は……
「「猫!」」
二人の声に黒い霧が霧散する。
すかさずハレが祝詞を唱えた。
空に浮かぶ月から光が降り注ぎ、黒猫が吸い込まれるように消えていく。
ハレが空を見上げたまま呟いた。
「パソッカという菓子が食べたくて怨霊になったのか?」
「もう、何を言っているの。子どもに会うためにここの作物をパソッカにしたのよ。思い出のお菓子があれば、また会えるかもって。本当、ハレちゃんって鈍いわね」
そう言ってミサが大きく欠伸をした。
「昼寝していないから眠いわ。そういえば、畑を見ていたらある食べ物が浮かんだんだけど」
「おまえの力は変な方向に暴走するから仕事中は無心でいろと言っただろ。何を考えた?」
そこに絶望したような呻き声がした。
「あ、あぁぁ……」
振り返ると依頼主が呆然と立ち尽くしたまま呟く。
「メロンパン……」
「へ?」
「今度はメロン畑がメロンパンに乗っ取られた!」
淡い月光の下、少し前にミサがメロンと間違えて買ったメロンパンが畑一面に広がっていた。
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