仮面を剥ぐ
初めまして。急に「会いたい」なんてメッセージを送ってしまって、すみません。
ここで立ち話もなんですから、中に入りましょうか。
いや失礼。女性の方、それもお綺麗な方だったので緊張してしまって。気分を悪くされていなければ良いのですが。
それにしても、ネットというのは不思議ですね。直接お会いしたこともないのに、初めましてと言うのも変な感じがしてしまって。
……ああ、ここですか? 良い雰囲気ですよね。地元で有名な喫茶店だそうです。焼きたてのパンが食べられるとかで、ほら、香ばしい匂いがしてくるでしょう。
何頼まれます? アイスティーだけで宜しいんですか? では僕はコーヒーと、それからメロンパンを。
ええ好きなんですメロンパン。特に下のパン生地が好きでして。ハハ、変わってますかね。
メロンパンって、生地が二層でしょう。でも焼き上がったらくっついてしまって、もうなかなか剥がれないじゃないですか。
例えば下の生地がどれだけ歪でも、仮面のようにクッキー生地を被せれば、それはもう立派なメロンパンになるんです。そこが好きなんですよね。ハハ、やっぱり変わってるのかもしれません。
さあ、貴女のアイスティーが来ましたよ。どうぞ。
おや、マスクは外されないんですか? このままストローで飲むんです? まあこのご時世ですし、マスクを外したくない方もいらっしゃるのでしょうね。
やあ本当に、すっかり世間も様変わりしてしまいましたね。僕が子どもだった頃とはもうまるで違いますよ。そう思いません?
……えっ、子どもの頃の話ですか? 僕はそうですね、オカルト好きな子どもでしたよ。
ほら、当時ってテレビとか雑誌とかでよくオカルト特集が組まれていたでしょう。地縛霊とか、トイレの花子さんや口裂け女みたいな妖怪とか、都市伝説とか色々。
好き、というか信じてたというか。まあ会いたいと本気で思ってましたね。
いえいえ本当に。口裂け女と会えた時に渡す用でベッコウ飴持ち歩いてたんですよ。いやいや、本当ですって。
まあ周りからは気味悪がられましたね。
分かる人に分かればいい、とは思うんですけど、それでもやっぱり堪えましたよ。
でも、今も実は好きなんです。オカルト。
ハハッ。初めて聞いたって、そりゃあ、初めて人に言いましたからね。
ええそうですね。メロンパンが冷めないうちに、一口頂きます。ああ、サクサクしてて温かくて甘くて、本当に美味しい。
……今日お会いしたいと言ったのはですね、ある種ケジメのようなものなんですよ。
SNSを辞めようと思いまして。ええ、貴女と交流するのもこれっきりにします。
僕、ネットではオカルト好きを隠していたんです。
現実で変わり者だと気味悪がられるのに嫌気がさして、せめて知り合いのいないSNSでは穏やかに過ごしたくて、真っ当なフリしていたんです。
そうしたら、色んな方と仲良くなれて、貴女のように素敵な方と出会えて、楽しかった。
けれど、それが段々と苦しくなってきて。
妙な話ですよね。別に大層な嘘を吐いていたわけでもないんですよ。
本当は好きなものを、何でもないフリして素知らぬ顔をするなんて、誰でもやってます。
なのに、段々とおかしくなってしまったんですよ。
好きなものを隠すことを「真っ当」なんて表現するの、本当は嫌だったんです。
でも一方で、そんな自分のことを冷めた目で見ている僕がいるんです。好きなものに執着していてみっともない、と断じる僕が。
怖くなったんです。
取り繕うための小綺麗な表皮に、逆に僕自身が乗っ取られてしまっているような気がして。
被せた仮面が癒着して、もう剥がれなくなってしまったような気がして、とても恐ろしくなったんです。
だからもう、止めにしようと思いました。
貴女にこんな話をしたのは、何故でしょうね。
ネットでの僕を知っている人に、僕の話を聞いてもらいたかったのかもしれないです。
本当の自分はこうなんだぞ、ってどうにかして伝えたかったのかも。
ハハ。本当、いい迷惑ですよね。
会ってもらって、おまけにこんな話を聞いてもらって申し訳ないです。
ささやかですが、ここは僕が払いますので。どうも今までありがとうございました。
それでは……えっ、マスクを取っても? ええ、構いませんよ、どうぞ。
…………これは。何と言ったら良いか。
いえ、不快だなんてとんでもない。この気持ちをどう表したらいいか、悩んでいるんです。
本当に、何と言ったらいいか。失礼なことを言っていなければ良いのですが。
そうだ、ベッコウ飴は如何ですか……なんて。
ハハハ。
……ええ、聞かれるまでもなく。
マスクを外したって、貴女はとてもお綺麗ですとも。
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