猫又ハイジャック!

『妖怪猫又の3匹が、メロンパン販売をしているキッチンカーを乗っ取り、販売を始めた』


 何気なく見ていたニュースで知った事実に、私は急いで現地へ飛んだ。

 文字どおり、飛行機で。

 高校生でよかった、って思う。ズル休みできるし。


 だって、乗っ取ったのは、まちがいなく、うちの猫又だ──




 高3の私は、10月になっても、メロンパンに命をかけていた。

 それこそ私の夢は、メロンパンの商品開発!

 しかし現実はメロンパンのように甘くはない。

 先生から薦められた就職先は、食品開発部門がある会社だ。

 しかし、私はメロンパンの商品開発がしたい!

 自分で作って売る、わけではなく、開発した商品を売ってもらいたい!

 私は夢を捨てきれず、でも叶える方法もわからず、ダラダラと日々が過ぎていた。


「ここのメロンパン、個性、強くてよくない?」


 私がスマホの写真を見せながら話しかけると、ハチワレの猫又・アンコが「んな」と顔を上げた。それに釣られて茶色のふわふわ短足猫又・ミタラシも「みぃ」と応え、灰色の長毛猫又・ゴマも「ふぁ」と返事をしてくれる。

 彼らがうちに居着いたのは、私が赤ちゃんのときだ。

 そのときから我が家は、猫又の信徒さんになった。

 座敷童など、妖怪がついた家の人たちのことを信徒さんと呼ぶ。決して、飼い主ではない。


 ゴマの3本のふわふわ尻尾が揺れ、写真立てが転がった。


「ゴマ、しっぽ気をつけてよ?」


 その写真は、口いっぱいにメロンパンをつめ、満面に笑顔を浮かべている4歳の私だ。

 私はこの日から、メロンパンの虜になったといってもいい。

 食べかけのメロンパンを頬張りながら、私はスマホをスワイプする。


「そうそう、ここのメロンパン、デコってくれるんだって」


 私が3匹に見せた写真は、最近SNSで流行っているメロンパンだ。

 キッチンカーで関東地区をあちこち走りながら販売しているという。

 さらにデコレーションが可愛く、女子の間でた結果、大人気に。

 しかも、その店主がメロンパンに情熱を傾け過ぎた19歳男子、しかも元アイドル。名前は HARU。笑顔はもちろん、高身長でスタイルも抜群。

 メロンパンが好き過ぎて、アイドルを引退し、現在に至るのだから、メロンパンへの愛情は、ハンパないのだろう。

 でも、私は懐疑的だった。


(どーせ、アイドルになったけど、人気がなくて、メロンパン堕ちしたんでしょ)


 だが、調べれば調べるほど、歌もダンスも、めっちゃくっちゃに上手。上手すぎる!

 推しが追いかけていくのもわかるし、彼が抜けたあとのグループが閑古鳥だというのもよくわかる。


 ……いつの間にか、私は彼に、恋していた。


 私はベッドに寝転がりながらメロンパンを頬張る。

 きっと、彼のメロンパンは、こんなに変に甘くなくて、パサついたパンじゃないんだと思う。


「誰か HARUのメロンパン、くれないかなぁ……」


 のそのそと這い上がってきたゴマが私の顔を見て「ふぁ」と鳴いた。いつの間にか横で寝ていたミタラシが「みい」と言って立ち上がる。アンコが「んな」と言い、3匹そろって玄関へ向かうので、私はいつもの猫又集会があるのだとドアを開けた。


「朝までには戻るんだよ。気をつけてね」


 なのに、帰ってこなかった。

 1週間経っても帰ってこない。

 家族も心配し始め、近所にいる猫又にも声をかけたが、みな知らないと首を振る。

 どうしたらいいのだろうと、SNSで迷い猫又情報を探っていたときに、ふと見た朝のテレビ。


『妖怪猫又の3匹が、メロンパンを販売しているキッチンカーを乗っ取り、販売を始めた』


 映像をどう見ても、彼のメロンパンだし、猫又はうちの3匹だ。

 私は収拾をつけるためにも、現地へ向かうことに決めた。

 スマホを駆使し、がむしゃらに人に声をかけまくったおかげで、どうにかたどり着いた先が、大都会のど真ん中にある、とっても大きな公園だった。


「マジ、ここ……?」


 ぐるぐると見回すが、人だらけで訳がわからない。

 だが、人の流れが一つのポイントに伸びているのを発見。しかも女性がメインだ。

 私はぐんぐんとその始まりを求め、並びにそって歩いていく──


「……いた」


 キッチンカーの中をふわふわの3匹がエプロンと三角巾をつけ、わたわたとメロンパンにデコレーションし、手渡す姿がそこにある……!


「ちょっと、アンタたち!」


 割り込むようにカウンターに顔を出すと、ミタラシが私に気づき、ぱあと顔が明るくなった。すぐにゴマも嬉しそうに目を細くすると、カウンターから飛び出してくる。

 2匹が私の顔に突きつけたのは、デコレーションしたメロンパンだ。

 ここのメロンパンはホワイトとチョコの2種のデコレーションとなる。

 ホワイトは、半分に切れ目を入れたメロンパンにホイップクリームを挟み、チョコでできたカラースプレーをふりかけ、マーブルチョコでアクセントをつけたもの。

 チョコは同じようにメロンパンの切れ目にチョコホイップクリームを挟み、アーモンドがアクセントの薄焼きクッキーでバラを描いたものだ。


 2種類のデコメロンパンが私の顔につきつけられる。

 香りもいい! かなり食べたい!

 しかし、今は頬張ることは許されない。

 並んでいるお客さんの視線が機関銃のように私を撃ち抜いてくる。すでに私のヒットポイントはもうゼロです……!


「君、もしかしてこの猫又ちゃんの信徒さん?」

「あ、は、……いっ」


 私はうちの猫又を追いかけるので頭がいっぱいだったが、ここには店主である彼もいる。

 元アイドルの、淡い恋心を抱いている、HARUも!

 しかし、なぜ、彼の頭の上にアンコが!?!?


 手櫛で髪を整えても、もう遅い。

 ミタラシとゴマを小脇に抱え、私は深々と頭を下げた。


「たいっへん、申し訳ありません……!」


 何度も頭を下げながら、何を言われるかとビクビクしていれば、そっと肩を叩かれる。


「じゃあさ、お詫びで働いてくれない?」


 手渡されたのは、この店のエプロンだ。


「オレ、列の誘導とかするから、オーダーとレジ頼むね」


 あれよあれよとレジポジションへ。スマート決済のみで対応なので、お金を触らなくていいのが幸いだ。

 彼によって人がさばかれ、3匹の連携でデコレーションされたメロンパンが美しく量産されていく。

 肉球の器用さに慄きながら、私は必死にオーダーと先払いの処理に追われ、気づけば午後3時。すべて売り切れに。


「怒涛の時間でした……」


 白目をむきながら、キッチンカーの小さな椅子に腰掛けた私に、ミタラシとゴマは膝にのって、ひとつのメロンパンを差し出してくる。


「これ、とっておいてくれたの……?」


 聞けば、2匹は必死にうなずいている。

 ある程度片付け、キッチンカーの中に入ってきたHARUを見ると、また頭の上にアンコが乗ってる。なぜ?


「君に食べさせたかったんだね。食べてみてよ」


 言われるがまま、私は手渡されたメロンパンを受け取った。

 ハーフ&ハーフだ。

 必死に残した1個のメロンパンに、二つの味をつめてくれてある。もうそれだけで泣きそう。

 せっかくなので、ど真ん中をいただくことに。


「…………めっっっっちゃ、うま……!」

「ほんと?」

「はい! メロンのクッキー生地の食感がいいのはもちろんですけど、このパン生地のしっとり感が半端なく、メロンパン特有のメロンの香りづけがないので、小麦粉の香りが重視されてていいですね! クリームのほうにバニラ感やキャラメル感を足されているのがオシャレで、何より甘さが程よいです。クリームは甘めでさっぱり系、でもクッキー生地に塩気があるので、味の対比がとてもバランスが取れてて美味しいです。強いて言えば、もう少し食感のアクセントがあると、食べ終わるまでもっと楽しめるかもしれません。クランチのチョコとか、ホワイトチョコのチップとか入っても美味しいかも」


 私は我に返る。

 ヤバい、喋りすぎた……!

 しかし、HARUを見ると、彼はなぜか目を潤ませている。


「ここまで味を評価してくれる人って、いるんだ!」


 彼が言うには、自分の人気で売り上げているのが否めず、味の評価があったにせよ、自身の人気にかき消されて、なかなかメロンパン自体の感想を得られなかったのだとか。


「人気者って大変ですね……」

「この美貌は神様からの贈り物だからね。仕方がないけど」


 綺麗な笑顔で、八の字の眉を描かれれば、もう納得するしかない。


「ね、君、明日も来れる?」

「いえ、もう帰ります」

「どこ住み?」

「北海道です」

「北海道!?」


 HARUは少し考えたあと、にっこり微笑んだ。

 初めてでもわかる。

 これは、なにかを思いついた顔だ。


 ──半年後。


「はい、こちらタッチ決済です。どーぞ。……はい、お進みください。お渡ししますー」


 オーダーと決済は、完璧!

 最近は、クリームの仕込みを手伝えるようになった。

 私もずいぶん成長したと思う。


「HARUさん、残り20切りましたー」


 私の声に、列を捌き、ファンをいなす彼は手をあげる。

 すぐにオーダーを確認、8人が残り、残りの方々はまた明日へ。優先的にオーダーできる1日限定のチケットを手渡せば、すぐに解散だ。


「今日も盛況だったね。みんな、ありがと」


 HARUの声に、猫又3匹と、私の手があがる。

 私は結局、ここの従業員になった。

 猫又の3匹もいっしょだ。それこそ、アンコはHARUさんの猫又に。もう、我が家には帰ってこない。……うらやま。


「北海道をぐるっと回り終えたら、また本州に南下しない? で、都道府県に合わせて新商品、出そうよ。君なら、また、パパって出てくるでしょ」

「パパッとなんて出てきませんって」

「そう?」


 HARUは和やかに笑って私を見つめてくる。

 その視線は、新メロンパンへの期待だ。

 だから私は、彼への恋心は封印した。

 今は、大好きなメロンパンに情熱を──!


 彼への恋の続きは、ここのメロンパンがコンビニ展開してからだ。

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