挫折と河童と時々メロンパン
三月も終わりに近付いたある日。私、古屋加菜恵は、穏やかに水が流れる川を眺めながら、土手に座り込んでいた。晴れている空とは反対に、私の心はどんよりと曇っている。
簡単に言うと、私は受験に失敗したのだ。沢山勉強したし自信はあった。でも、第一志望の高校に落ちたのだ。
第二志望の高校には受かった。でも、自分には明るい未来が無いような気がしてどうしようもなく心が落ち込んだ。
私が溜息を吐くと、不意に水音がした。見ると、私と同じくらいの男の子が浅い川で溺れている。
「え……えええ……!?」
私は慌てて川の中に入ると、男の子を水の中から引き上げた。
「ごほっ、ごほっ!!」
土手に横たわった男の子は水を吐くと、上半身を起こした。
「やあ、ありがとう。君のおかげで助けったよ」
「ああ……助かって良かったです。でも、なんで溺れてたんですか。うっかり落ちるような川じゃないでしょう」
「ああ、僕は……河童を捕まえに来たんだ」
「え、河童って、あの妖怪の河童ですか?」
男の子は、笑顔で「そうだよ」と言って頷いた。
「僕は、昔河童に身体を乗っ取られた事があるんだ。その時は河童が自ら身体を返してくれたから良かったけど、また身体を乗っ取られた時も上手くいくとは限らないだろう? だから、河童を捕まえて弱点を探ろうとしていたんだ」
この人は何を言っているんだろう。
私が彼から距離を取ろうとすると、彼は溜息を吐いて言った。
「……でも、もう今日は無理だな。さっき溺れた時に、手に持っていたキュウリを落としてしまった。明日またここに来るしか……」
言いかけて、彼はジッと私を見た。
「……ねえ、君。何か食べ物を持ってない? キュウリじゃなくても、河童を釣るエサになるかもしれない」
私は、さっきコンビニでメロンパンを買った事を思い出した。
「……メロンパンを少しだけ分けるくらいなら、いいですけど……」
私がそう言うと、彼はパアっと瞳を輝かせて立ち上がった。
「いいじゃないか、メロンパン! 美味しいよね! お金は払うから、少し僕に頂戴!」
彼は、ウエストポーチから財布を取り出そうとする。
「いや、お金は要りません。少しだけですし……」
私は、自分のリュックサックからメロンパンを取り出すと、少し契って彼に渡した。
「ありがとう!」
彼は、満面の笑みを浮かべると、側にあった釣り竿の先にメロンパンをくっつけ、再び川の中に入っていった。
楽しそうに川の中を眺める彼を見て、何故だか私は聞きたくなった。
「あの……あなたは、いつから河童を捕まえる活動をしているんですか?」
彼は、のんびりした様子で川を見つめたまま言った。
「んー、半年くらいかなー」
「……半年も続けていて、河童を捕まえられていないんですよね? 努力が報われないのって、嫌になったりしませんか?」
彼は、私の方を向き直ると笑顔で言った。
「そうだねー。でも、失敗した事も無意味だった事も、将来の僕を形作る要素の一つだよ。僕は今までしてきた事を、後悔した事はないなー」
私は、目を見開いた。そうか。勉強を頑張った事も、受験を失敗した事も、未来の私を形作る要素なんだ。
私が彼を見つめていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「あ、隼人! やっぱり川にいた!」
見ると、綺麗な女の人が彼――隼人さんの方に近付いてくる。
「勝手に川に行かないようにっていつも言ってるじゃない! ほら、帰るわよ」
見た目の年齢からすると、彼女は隼人さんのお母さんだろうか。彼女は私の方に視線を向けると、申し訳なさそうな笑顔で言った。
「ごめんなさいね。この子、あなたに迷惑を掛けたんじゃない?」
「……いいえ。隼人さんでしたっけ。彼とお話しできて、良かったです」
私は、笑みを浮かべながらゆるゆると首を振った。
それから、隼人さんのお母さんは彼を引き摺るようにしてその場を離れていった。引き摺られながら、隼人さんは私の方にブンブンと手を振って叫ぶ。
「じゃあねー! メロンパン、ありがとうー!!」
こちらこそ、お礼を言いたい気分だ。
私は、笑顔のまま、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます