カリカリメロンパン
目の前の少女、華がおかしいのはいつものことだったが、今日はことさら奇妙だった。
なんてことない普通の高校、その教室の入り口、扉の前に謎の魔法陣を描いては、赤い塊と言葉を交わしている。
「妖怪、つかまえて来ちゃだめじゃない」
横から現れた少女、雪がたしなめる。
「わかってるよ!! でもね、私は今日、こうしなきゃいけないだけの理由があるの」
「そうか、じゃあ聞かせて?」
雪が丁寧に、話しを聞きだす。
「よく言った、聞くも涙、語るも涙の理由があって……」
「ふむふむ」
「なんと、駅前のあのカリカリメロンパン屋さんがつぶれちゃったんだよ」
「あの? ひとつ800円のメロンパン屋『ほんとにメロン入れてるよ嘘じゃない本舗』さんが?」
「そう、なくなっちゃったんだ」
「……そっか。それは……仕方ないね」
雪は心の底から落ち込んだような顔をしていた。雪がこれほどまでに落ち込むのは、数学のテスト用紙で会心の蛙を折ったあと、斎藤先生に「もっと頑張りましょう」とのコメント付き0点の状態で返却されたとき以来だった。
「でしょう? だから私は弔いのためにあのカリカリのメロンパンを作ろうと思うんだ」
「うん。いいとおもうよ、でも、どうやって?」
ふふふ、と満面の笑みを浮かべて華は語る。
「よくぞ聞いてくれました。そこで用意したのがこちらの2匹!!」
そういうと華はもちもちした赤い妖怪とふっくらした白い妖怪を並べた。
「こちらが妖怪:紅天狗。みんな知ってるよね。紅天狗だよ紅天狗。あの紅天狗」
「うん。知らない、なにができるの?」
「ならば説明しようッ!! 妖怪:紅天狗とはッ」
「うん?」
「魔法陣の上のメロンをメロンパンにする妖怪だ!!」
「そうなの?」
「実際はもうちょっといろいろできるよ、チョコをチョコパンにしたりとか、フランスをフランスパンにしたりとか。でも一般的なのはメロンをメロンパンにする使い方だね!! よく横断歩道の白い処の端で落ち込んでるから、背中をさすってあげるといいと思うよ」
「そっか」
と言って熱心にメモを取り出している。最初の止めようとした勢いはどこへやら、もはや二人は共犯者のように見えた。
「それから取り出したるは二つ目の妖怪!! 一晩寝こませた白坊主!!」
「うん。何ができるの?」
「こいつは、目を合わせた対象をメロンにかえてしまう妖怪だよ!! そしてなんと、性質を一部任意に引き継げるんだ!!」
「一部の性質を引き継ぐの?」
「独裁者をメロンにしたら毒のメロンにだってできるとか。でも今回はもっとシンプルに使うつもり」
「……このふたりを使うなんて……もしかして……?」
雪が何かをひらめいたようだった。
「お、分かったかな?」
「次の時間は数学……ということは、来るのはいつもカリカリしている斎藤先生。ということは……」
「その通り!! 斎藤先生を白坊主でカリカリのメロンに、カリカリのメロンを紅天狗でカリカリのメロンパンにしておいしくいただこうって寸法だよ」
「さすが、だね」
雪は笑ったが、その笑顔にはどこか影があった。
「どうしたの雪ちゃん、何か不安でも?」
慌てたように手を振って雪が答える。
「ううん、完璧な計画だと思う。何も不思議はない。化学満点の私が太鼓判をおすよ」
「そっか、ならよかった雪ちゃんは数学以外は完璧だもんね、ならこの計画も成功したも同然だよ」
「……でも」
「でも?」
言い出しにくそうに雪が切り出した。
「でも、私、あそこのメロンパン屋だったら、ふわふわでとろけるほど甘い、あまあまメロンパンの方が好きだったの」
「……そんな……ずっと雪ちゃんだけは味方だと思っていたのに、いつの間にか人気No1のあまあまメロンパンの尖兵になりさがってしまったのね」
「カリカリメロンパンもおいしいよ、でも、一つ800円は……値段さえよければ人気最下位は抜け出せるくらいにはおいしかったよ」
「裏切者!!」
「……うん、ごめん」
「もう許さない、カリカリの斎藤先生メロンパンを私一人で食べきっちゃうもんね!! 雪ちゃんにはひとかけらしか分けてあげない!!」
雪は何も言わず顔を伏せたままだった。
「……あれ、言い過ぎた? ごめん」
華が雪と目を合わせようて謝ろうとすると、雪はぽそりとつぶやいた。
「うん、だから、ごめんね」
雪がさっと顔の前に差し出したのは━━無理やりに目を見開かされた白坊主だった。
「な!!」
華の悲鳴も一瞬で途切れ、立派なメロンへとはやがわり。
「ふふふ、これで、あまあまのメロン♬。華ちゃんのふわふわ脳内のあまあま見積もりメロン……」
そうつぶやいては、雪はそれを魔法陣の上に乗せる。
赤坊主が赤く光を放ったかと思うと、それは立派なメロンパンに変わっていた。
「……いただきます。……ふわっふわであまあま……とけるようなメロンパン……あのお店をこえたよ、やったね、華ちゃん」
計画を乗っ取った雪はとろけた表情でつぶやいていた。
満足げに一口、また一口と食べては、嬉しそうに微笑んでいる。
どこか牧歌的でもあった。もしかしたら、幸せというタイトルで絵にしたのならどこかのコンクールで金賞がもらえるかもしれない。
でも。でも、だ。
ついにこらえきれなくなって、『私』は口をはさむ。
「あの!! ここ!! ファンタジックな世界観じゃないんだけど!!
急に世界観を乗っ取らないでよ!!」
私の叫びに、クラスメイトはマリアナ海溝よりもふかくうなずいたものだった。
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