共に生きる心

―――先輩!!飛び出しすぎです!!


静寂に包まてた夜を割くように怒号が響く。


「まあまあ、相手は待ってくれないよぉ~~」


銃を片手に帽子をキザったらしくかぶった男が飄々と答える。

勢いのまま人の集まる中心を目指すようにかき分け突き進んでいく。

だが、それを咎める声もせず、何事もなかったように人々は佇んでいる。


「相変わらず、静かな奴らだ!!だが、これから騒がしくなるぞ!!」


いや、【人々】ではない。



「ヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

彼らは、下級吸血種(グール)と呼ばれる化物だ。

吸血鬼(バンパイア)と呼ばれる、種族に吸血された際にその影響で生まれる“元”人間だ

グールは、人であった頃の自我を失い、吸血種の吸血衝動にだけ襲われた悲しき化物だ。

グールも、下級でありながらも吸血種であり、彼らに吸血されたらまた、グールに変質す

る。


「主よ。我らをお守りください。人々に安寧を、人ならざる彼らに救済を。」


先輩が、祈りの言葉を捧げる。神を信じているわけじゃないが、気持ちの整理で唱えてい

るただのおまじないだ。


「それじゃ!!クタバレや!!」


懐からもう一丁の銃を取り出し、彼らの頭を狙って乱射し始める。

派手でありながら淡々と正確無比にグールを沈めていく。


「先輩!!調子に乗りすぎですよ!!」


死角から迫るグールに向かって試験管を放り投げる。


「ヴァアアアアアアアアアアア!!」


試験管の中の液体がグールに触れた瞬間。グールは青白い炎に全身を包まれ、咆哮を上げ

ながら絶命した。


聖水、神に祈りを捧げ生まれし聖なる水・・・という訳ではなくゴリゴリの化学薬品だ。

人が触れてもやけどを負うが、グールの体液などに触れると青白い炎になり、一気に燃え

広がる性質がある。


「なあに、俺の撃ち漏らしはお前が何とかしてくれるだろう?」

「簡単に危険に突っ込むなって言っているんですよ。」


戦いの真っただ中ではあるが、お互い軽口を叩きあう。

お互いがお互いの背中を支えあう。

彼らは、ヴァンパイアハンター。人々を襲う陰の住人達から市民を守るお仕事をしている


「いや~、昨日は大量だったな!!儲けた、儲けた!!」

「ええ、弾薬も聖水も大量に使いっちゃいましたね。収支トントンです。」

「・・・・・・」


テンションが高かったのがウソのように黙ってしまった。


「しっかり者になっちゃってまぁ~~」

「相棒が“コレ”なんで、しっかり者にならざるを得なかったんです。」

「・・・・・・」


不貞腐れてしまった。いい大人が。


「それより・・・姉とのことは・・・」

「ああ・・・珍しく真剣に考えたさ・・・受け入れようと思う」

「そうですか」


僕は、淡々と答えた。


「あの時のガキどもとこんな関係になるとはな・・・夢にも思わなかったさ。」

「あなたがいなければ私も姉もどうなっていたか・・・」


ーーーーーーーーーーーーー


そう・・・僕は、彼から救われた人間だ・・・。

ブラッドと姉さんの《セーラ》は小さな集落の生まれだ。

小さいながらも細々と暮らしていたのだが、グールの群れに集落が襲われた。

そんな中、救ってくれたのが先輩ヴァンプさんだ。

無数のグールをなぎ倒し、僕と姉さんを背に戦ってくれた。

その背中に憧れて、何度も頼み込み、先輩の弟子になることが出来たのだが。


「弟子なんて爺くさい、先輩と呼べ!先輩と!!」


それが、この先輩とのコンビになった瞬間だった。


ーーーーーーーーーーーーー


「あの時、僕は先輩に憧れを、姉は別の思いをあなたに抱いた。」

「押しの強さはそっくりだよ。お前ら姉弟は・・・」

「そこが、自慢ですから」


先輩はフッと軽く笑った。


「それより、あれは用意しているか?」

「はいはい、姉さんが焼いてくれた焼きたてですよ。」

「やっぱ、メロンパンだよな!!」


「僕には甘すぎますよ。」


先輩は、意外にも甘いもの好きで、「警察にはアンパンなら、ヴァンパイアハンターには

メロンパンだぜ!!」と謎の矜持を掲げている。


「炭水化物で、糖分で疲れを癒せる!!最高の食べ物だろうが!!」

「はいはい」


アンパンも同じだろうがとは、ずっと言い続けていたが意味がないのでもう諦めた。


そんな時、ジリリリリと前時代的な電話が持ち主を呼びかけ始める。


はいはい、と気だるげにパンくずをこぼしながら先輩は電話を受ける。

話が進むごとに先輩はどんどんまじめな顔つきになっていく。


「・・・依頼・・・ですか?」


いつもより緊迫した空気に軽口を叩く余裕がなかった。


「あぁ・・・」

「わかりました。すぐに準備を・・・」

「いや、今回は俺一人で行く。」

「な、何でですか!!」


ついつい怒鳴ってしまった。先輩が僕を相棒と認めてくれてからバディとして外したこと

はなかった。

信用をされていなかったのだと思った。


「今回の相手は上位吸血鬼(ヴァンパイア・ロード)の可能性がある。」

「!?」


ヴァンパイア・ロード、ヴァンパイアの上位種で他の吸血鬼と違い吸血の際に《ヴァンパ

イア》を増やすことが出来る種族である。

吸血の際にグールになるかどうかは、人間側の素質次第らしいが、ヴァンパイア化の際に

自分の意思を混ぜ与えることで子孫とすることが出来る。


「なおさら、一人じゃ行かせられないです!!」

「まあ、聞け。俺が先に先行して調査してくる。お前は、聖水とかの準備をしてこい。」


この人は、言い出したら聞かない。相棒の自分がよくわかってる。

しかし、あの目つきは調査だけでは済まないだろう・・・


「・・・わかりました。あくまで調査だけにしてくださいね。戦うときは一緒ですからね

!!」

「あぁ、わかっているさ。」


ーーーーーーーーーーーーー


帰還予定日から3日過ぎたが、その言葉を最後に先輩はそのまま帰ってこなかった。


依頼元のヴァンパイアハンターギルドから《丁重に》場所を聞き出し、俺は目的地に向か

った。

昔の古城か砦のような場所に人影が立っていた。

「先輩!!」

僕は颯爽と駆け寄ろうとした。

「待ちな!!俺は男に駆け寄られる趣味はねえぞ?」


いつもの軽口だが何か違和感がある。


「先輩遅くなりました!!敵は、ヴァンパイア・ロードはどうしました!?」


先輩に尋ねると


「何とか討ち取れたよ。まあ、《相打ち》でこのざまだがな。」


いつものような軽口を叩いてくる、重症だし本調子ではないのだろうが、違和感が拭えな

い。


「・・・どんな相手でしたか」


「デイウォーカーって日中でも活動できるやつでな。日向で軽い休息をとっていたら不意

打ちを食らってな。肩をやられた。まあ、そのあとはこの広間に逃げ込んでシャンデリア

を落として何とか倒せたがな」


「そうですか・・・」


これを聞き出すのが怖い・・・

だが、聞かずにはいられなかった・・・。


「もしかして・・・《噛まれましたか》?」

「・・・・・・」


静寂が物語っているようだ、そしてこの静寂こそが望まぬ正解だったようだ。


「ああ、俺はヴァンパイアになりつつある。今も徐々に精神を侵食されている。」

「・・・・・・」

「だからな、まだ脅威じゃないうちに・・・俺を撃て。」


先輩の口から聞きたくないセリフが聞こえた。

先輩の愛銃が床を滑らせるように渡された。

いつも僕を守ってくれた先輩の愛銃が、僕の大切な相棒を殺せと言ってくる。


「姉のことはどうするんですか・・・」

「ちゃらんぽらんな俺と一緒になるよりいいだろうさ・・・」

「・・・・・・」

「先輩は俺の憧れでした。先輩と共に叩けるのが俺の誇りでした。」


「ありがとうな・・・」

「だから・・・」


先輩の制止する声を振り切り、先輩を抱きしめる。


「先輩・・・ありがとうございました・・・」


そして、一発の銃声が静寂を破った・・・


ーーーーーーーーーーーーー


「そっか・・・それがヴァンプさんの・・・」

「ああ・・・救えなかった・・・すまないな・・・姉さん・・・」

「・・・・・・」


先輩を抱きとめた際に、少しけがをした程度で俺は先輩の受け取るはずだった討伐報酬を

受け取った。

先輩の功績をかすめ取った形になるが、先輩なら「もらえるものは何でももらっとけと言

ってくれるだろう」。


しばらくは姉さんとオレの心が落ち着くまでヴァンパイアハンターの看板を下ろして療養

させてもらうとしよう。

肩の名誉の負傷を撫でながらそう思った。


ああ、今日も姉さんのメロンパンは美味い。

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