妖怪メロンパンヘッドの乗っ取り

【妖怪メロンパンヘッドの乗っ取り模様】



 部屋の窓の外には、逢魔時も過ぎ去った星空宇宙まんてんのよぞらが広がっている。


 どうやら俺はまたやっかい事に巻き込まれてしまったらしい。


 いつものように第六感に導かれ、旅行がてらにふらりと田舎にやってきたのだが、今では少し後悔している。


「まさかこのメロンパンが呪われていたとはな……買うなら隣にあったパソッカにしとけばよかったぜ」


 眼前のテーブルの上に鎮座するメロンパンを凝視する。


 いま俺は、おならのような匂いのする露天風呂で有名な温泉宿『いけおぢ館(鶴の間)』に泊まっている。

 星空宇宙まんてんのよぞらを眺めながら気持ちの良いひとっ風呂を浴びたあと、急に空腹になり、店内の土産屋にちょうどメロンパンが売っていたので思わず買ってしまったのだ。


 しかしこれがいけなかった。


 不運にも、俺はとんでもないメロンパンを買ってしまったらしい。

 たまにあるのだ。

 こういうさりげない場所に、なんの脈絡もなく、なぜか潜んでいる、闇堕ちした怨念――特級呪物が。


 昔からほんの少しだけ霊感のある俺にはわかる。

 こいつは人外……いや、妖怪だ。

 よくわからない人外魔境がこのパンの中には潜んでいる。

 こいつが俺の頭の中に直接電波を送り込んでやがるのだ。


『ぬおおおおお……うおおおお……ぱぁぁぁぁパパパ……パパアパソッカカッカッカ!』


 こんな感じでメロンパンは俺の頭の中で意味不明な言葉をささやき続けている。

 頭痛が痛い。 

 まるで脳みそを有刺鉄線で締め付けられているかのようだ。

 そして身体がぽかぽかしている。さながら暖炉で炙り照らされているかのように熱い!


『みぃああああぐおぉぉぉぉぉ……』


 メロンパンの声が聞こえる。

 脳に直接語りかけている。

 まるで猫! そう。猫のような声で!


「……いや、違うな。どちらかといえばクマのような声か?」


 いやいやいや。そんなことはどうでもいい!

 ネコの声でもクマの声でもどっちでもいい!

 どちらにしろまともじゃない。こいつが人外であることは間違いないのだ!


『……すき……すき……キシシシ……』


「くっ! だまれ。だまだだまれだまれ! メロンパン風情が!」


 俺はいったい何と戦っているのだろう……。

 はたから見れば頭のおかしい滑稽ないけおぢにしか見えないだろう。


「ええい! ささやくのをやめろ、いまいましいメロンパンめ!」


 俺の拒絶を嘲笑うかのような甘ったるい声が頭の中に響き渡る。

 例えるならそう――心臓ハートを射抜かれた初恋の少女のように執拗に……。

 まさかこのメロンパン、この俺に惚れちまったのか? 愛を渇望し、恋に空腹うえた悲しきメロンパンなのか――?


 そう思って改めて見ると、テーブル上にあるメロンパンの生地が、なんだか照れてモジモジとしている……ように見えなくもない。

 このメロンパン。まさか本当に俺のことを?


「だがゆるせ、メロンパン。あいにく俺は人間の女以外には興味ないんだ。ミサという名の女房だっているしな!」


 そう。俺には女房がいる。

 家事も育児も放棄した、年がら年中昼寝をしているのんべんだらりとした女だが、あれはあれでたまに愛嬌があって可愛いんだ。

 俺の誕生日に披露してくれたネコの着ぐるみ姿はたまらなく愛おしかったんだぜ。よくわからない髪飾りやイヤリングだってつけていた。糸のように細い目をした顔もチャーミングだ。

 俺はミサのことを愛している。


「だから、俺のことは諦めてくれメロンパン……」


『ぬおおおおおおおおおおおお!』


「うぎゃあああああ! だめか! 諦めてはくれないか!?」


 メロンパンはひとしきり俺を苦しめて疲れたのか、電波攻撃を少しだけ弱めた。


「うううう……うううう……ほんとになんなんだよ、このメロンパンは……」


 もはやうつろになった俺の視界の中にずんぐりとしたミサの姿が幽霊のように浮かび上がる。

 ああ、ミサの姿が見える……。これぞ砂漠の中の水たまり……いや、オアシス!


「くっ! これが走馬灯ってやつか。脳みそがまるでタイムカプセル状態だぜ!」


 くそう。

 俺はこのままメロンパンに呪い殺されてしまうのか!


 やがて充電の終えたメロンパンが再び俺に電波攻撃をしかけてきた。


『パソッカソッカソッカソッカソッカソッカ!!!』


「うおおおおおおおお!」


 頭が痛い……。


「ぬぉおおおおおおおお!」


 頭痛が痛い!


「うがあああああああ……………………」


 そして――。


「……!」


『……』


「……!」


『……』


『「……!」』


『……テヘ?』


 その男・・・は急にすっきりとした表情をうかべて顔をあげた。

 さっきまでとはまるで違う、あきらかに邪悪なオーラを放っている。


 男は満面の笑みを顔に貼り付けて、


『乗っ取り、カンリョウ。ボディーチェンヂ。テヘヘ……〒ヘ……〒ヘヘヘヘ……』


 そしてテーブルにあるメロンパンに視線を落とし、拾い上げた。


『オレサマ オマエ マルカジリ……』


 そのまま男はメロンパンをぺろりとたいらげたのだった。

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