お前マジでこの祠乗っ取ったんか!

「マジでお前この祠のっとったんか!」

「うん」


印集村と書いてしるべあつめ村。民営化したバスが路線を廃止し、公共の交通手段のなくなった山村である。

「なんで俺のこと追ってくるんだろうな」

「お前が『視た』からだろ。それに昔から声聞けるだろ、そういうの向こうもわかるんだよ」


 ナニカ様と呼ばれるものがいる。それは昔から村で恐れられていた妖怪だ。よくわからん図が書いてある板が祠に祀られており、『理解わかってしまう』と、身体の一部を持って行かれるらしい。

 どうせわからんから見ても関係ないのだが、万一があるからあまり見てはならないと言われていたのだが。

 好奇心に駆られてついマジマジと見てしまったら、なんかわかってしまった。その瞬間に、何かと目があった気がした。それ日から、家の周りに指の多い足跡がついていたり、ひっかく音がするようになった。

 そしてとうとう、学校に向かう途中の道で焦げ臭いような匂いがしたり、家以外の場所でも見られている気配を感じ始めた。毎晩見る夢ではずるずると引きずる音をさせた偽物が少しずつ近寄ってきている。


 そんなの絶対ナニカ様じゃんね。俺、わかっちゃったからいうけどさ、あれな、身体の一部を取られたんじゃなくて、一部だけ捨てられたんだよ。村に何人かいるとられた人、アレはもう全部偽物。ナニカなの。わかっちゃったからさ。

 あんなのに乗っ取られるの、ぜったい嫌だったからさ?


「だから対策を打つことにしたんだよ」


 祠から出てきて俺の家の近くに来ているのなら、逆に考えれば『確実にそこにいない場所』が一つある。祠だ。


「いや、でもさ、ずっとその中にいるわけにはいかないだろ? 身体の一部でいいんだからさ、髪の毛とか爪とかを捧げて許して貰ったらどうだ?」

「そういう交渉が通用する相手なのか?」

「会話は出来るんじゃないのか? 今までも約束通り祠の中にじっとしててくれたわけだし」

「約束ねぇ」

「村祭りがそうだろ。伸ばした髪を奉納する祭り」

「それで済むなら、なんで腕一本とか、眼とか取られてる爺ちゃんがいるんだよ。あの髪捧げは油断させるためだよ」


 ピタリと閉めた扉の内側にはチョークで線を引いて円を描いている。外と内を分ける境界だ。

 とはいえ、そんなのは応急処置。今もこうして会話しながら、床にガムテープをしっかり敷き詰めるように貼っていき、油性マジックで家の間取り図を書いている。夢の6LDKの平屋だ。

 この大きく部屋一面に書いた間取り図は家の見立てだ。だから、招かれない客人は中に入れない。妖怪というのは約束を重んじたり、境界を跨げなかったり、規則に縛られるところがある。それを逆手にとって縛るのが怪異への対処法だって、俺はわかっている。


「あー……でもさ、蕎麦屋のトコのさ、奥さん。この村に嫁入りしてきた後に指一本無くしてるじゃん? あれって祭りに参加しなかったからって聞いた事ない? 髪じゃ駄目でも指くらいなら命とられるよりいいんじゃない?」

「だーかーらー。アレは指以外全部取られてるんだって。左手の薬指だろ? そこだけは守りたかったんだよあの新婚さん」

「お前の爺ちゃんは」

「眼だよな。俺が生れる頃。孫の顔を一目見たかったから片方で済んでよかったって言ってた。だから眼だけ残って他は全部取られてんだ」

「どこならいい?」

「どこもだめ」

「ねぇ、そんな事言わないでさ」


 こいつも大概しつこい。


「前に懸賞であてたメロンパン入れ持ってるの知ってる?」

「知ってるぅぅ」

「そんなのも知ってんだ。あれって脳みその形しててパカッと開けるとメロンパン出てくるんだよ」

「し、知らなかった」

「だよね。爺ちゃんに見せたけど、開けたとこ見せてないからね」

「……」

「あれ、俺の所有する脳みそみたいな容器なんだけど、省略したら『俺の脳みそ』になるよね?」

「ならない!ならないぃ!」

「そか、じゃあダメだ」


 だよなぁ。メロンパンなんか捧げて喜ぶのは猫型ロボットの妹くらいである。


「ううぅ、ううっ、出て来いよぅ。なんで勝手に中に入ってるんだよぉ」

「ここに来る前にな、お寺の住職さんトコ行って、村の歴史が書いてある資料のコピー貰ったんだ。ナニカ様の正体とかはわからないだろうけど、どういうルールがあるのか調べてみようと思うんだ。裏をかく為にはまずルールを確認しないとね」

「外に出ても平気だよ、なぁ、俺と一緒に謝ろう。これからも祀り続けるって約束して許して貰えば大丈夫だよ。だから出てオイデ」

「いや、外には出ないよ。お前、中に入って来れないんだろ?」

「……」


 ギシギシギシギシ

 隙間風だらけのボロい建物だが、案外丈夫らしい。まるで地震のように建物が揺れるが、壊れる様子はない。壊したりは出来ないのかもしれない。境界を無くしてしまうような行動はとれないのかな?


「なぁ、なぁぁ。出て来いよぉ」

「お前さ、友達みたいな感じで声かけてきてるけど誰? ナニカ様でも無いんだろ?」

「チッ」


 舌打ちの音を最後に、祠の外にいた気配は消え去り、虫の声すらも無い静けさが帰って来た。

 さて、ここに持ち込めた食料と水は三日分。その間になんとかあいつらを出し抜く方法を見つけられるか。出し抜いて、村を出て。あいつらの追って来れない所まで逃げても良いんだけどさ。


 俺、わかっちゃってるんだよなぁぁぁぁぁ。

 この祠ってさ? ねぇ?

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