メロンパンに取り憑かれた友人
僧侶の栗林は妖怪の専門家。ネットで依頼を受け、人ならざる者達によるトラブルを解決している。
今日はウリハラという学生から、「友人が取り憑かれたかもしれない」と相談された。
「最近、俺の友人が変なんです」
「変、とは?」
「初めてアイツの……ムギノの奇行を目にしたのは、一ヶ月前でした。深夜のランニング中にムギノと逢ったんですが、話しかけても上の空って感じで。目も虚ろで、足取りもおぼつかなくて、不気味でした」
「いつものムギノさんではない感じ?」
「はい。結局ろくに会話しないまま、俺達は別れました。俺はムギノが心配で、後を追いました。しばらく歩き、ムギノはある建物へ入っていきました」
「ある建物……廃墟とか、神社とか?」
「コンビニです。廃墟じゃなくて、フツーに営業中の。そこでムギノは、驚くべき行動に出たんです」
「まさか、強盗?」
「違います。ムギノはレジではなく、パン売り場へ行きました。そこで、メロンパンを手に取り……」
「分かった、万引きだ!」
「いえ、お金はちゃんと払って、店を出ました」
「だったら、何もおかしいところなんてないじゃないですか」
「それがあるんですよ。ムギノはお惣菜パン派なんです。メロンパンなんて甘い系のパン、買うはずがない」
「誰かに頼まれて買いにきた、とか?」
「ありえませんね。ムギノはコンビニの前で袋を開けて、自分でメロンパンを食べていましたから。すっごい幸せそうな顔で」
「自分で食べたんかい」
友人が深夜のコンビニでメロンパンを購入し、店の前で美味しそうに食べていた……ウリハラが話した内容は、たったそれだけだった。
「ね、変でしょう?」
「どこが? お惣菜パン派だって、たまにはメロンパンが食べたくなるでしょう。深夜は小腹が空きますし」
「ところが、ムギノの奇行はその夜だけじゃなかったんです」
「なんですって?」
「次の日の授業中、突然ムギノが教室を出ていきました。昼休みの前だったから、正午くらいだったと思います。あの真面目なムギノがサボりかって、みんなびっくりしていましたよ」
「確かに妙ですね。それからどうなりました?」
「俺は先生に許可をもらい、ムギノを追いました。何度呼びかけても、ムギノは足を止めませんでした。そのままムギノは階段を降り……」
「姿を消した、とか?」
「……購買部でメロンパンを買って、食べました」
「またメロンパンですか」
「えぇ、幸せそうに食べていました。その後、ムギノは何食わぬ顔で教室に戻り、先生に叱られました。あと三十分我慢していれば、誰に咎められることもなく、メロンパンにありつけたのに」
「我慢できなかったんでしょうね。私も学生の頃やりましたよ、早弁」
栗林が懐かしい思い出に浸っていると、ウリハラはさらなる事件を口にした。
「自分で買うならまだいい。他人からメロンパンを横取りした日もありましたからね」
「それは……本当に犯罪じゃないですか!」
「えぇ。犬用のメロンパンですけど」
「い、犬用?」
「散歩中の犬が咥えていたんです。それを、ムギノがすれ違いざまに奪った……しかも、口で」
「犬の食べかけは、さすがに私もやったことがないですね。味の感想は?」
「『フーン、これが犬用のメロンパンか。グルメな俺の口には合わねぇな』って言ってました」
「グルメな人は、犬からエサを奪わないと思いますよ」
犬からメロンパンを奪う……人として何かを失ったとしか思えない行動に、栗林は初めて違和感を覚えた。
「そして、昨日……俺は決定的な瞬間を目の当たりにしてしまったんです!」
「はぁ。今度はどんなシチュエーションでメロンパンを食べていたんですか?」
「時に、先生はメロンパン専門店・メロメロパンダフルをご存知ですか?」
「もちろん知っていますよ。雑誌やテレビでよく特集されている、人気店ですよね」
「その店にムギノがいたんです……従業員として! 店長さんいわく、『試作のメロンパンをたくさん食べられるから応募した』『高校を卒業したらこの店に就職する』と、ムギノは面接で話していたそうです」
「ムギノくんの将来が決まって良かったじゃないですか」
「サッカーで日本一になるって意気込んでいたアイツが、突然メロンパン職人になるなんて言い出したんですよ! 絶対おかしい! きっと、メロンパンの妖怪に取り憑かれているんだ!」
ウリハラはパニックに陥り、話を聞くどころではなくなってしまった。
ムギノが本当にメロンパンの妖怪に取り憑かれているかはさておき、いくつか気になった点はある。不可解なムギノの行動、お惣菜パン派だった人間が突然メロンパン派になる現象……。
栗林はウリハラが落ち着くのを待ち、「ムギノ本人の話も聴きたい」と、後日三人で直接会う約束を取り付けた。
「初めまして、栗林と申します。あなたがムギノさんですね?」
「は、はい」
約束の日、ムギノは平然と現れた。ムギノには、今日呼び出した理由を詳しく話していない。
会って早々、栗林はムギノに踏み込んだ質問をした。
「ウリハラさんから聞きました。最近、メロンパンにハマっているそうですね? メロンパン専門店でバイトまで始められたとか」
栗林は内心、ウリハラの考えすぎだと思っていた。人の味覚など、ころころ変わるものだ。栗林自身も、昔は嫌いだったピーマンやナスが、大人になると突然食べられるようになった経験がある。
ところが、ムギノの反応は想像していたそれとは違っていた。
「えっと、何の話ですか? 俺、メロンパンなんてここ何年も食べていないし、そんな店でバイトもしてないですけど」
「嘘つけ! 証拠は上がっているんだ!」
ウリハラがスマホの画面を突きつける。
そこには、コンビニや売店の前で幸せそうにメロンパンを頬張るムギノや、メロンパン専門店で生き生きと働くムギノが写っていた。
ムギノは恐ろしいものでも見たように青ざめ、後ずさった。
「し、知らない! それは本当に俺なのか? 合成じゃないのか?」
「こんな写真を作るほど、俺はヒマじゃない!」
だよな、とムギノは黙り込んだ。秘密を暴かれて恥ずかしいというより、本当に知らなくて困惑している様子だった。
栗林はムギノの身に何が起こっているのか、完全に理解した。
「ムギノさん。どうやらあなたは、本当に何かに取り憑かれているようですね」
「やはりメロンパンの妖怪ですか!」
「それは剥がしてみないと分かりませんが」
栗林はムギノの背中に両手を添えると、大声で叫んだ。
「アイドル握手会式・剥がしスタッフ流憑依体解除術『お時間です』!」
見えざるナニかをグッと握り、思いきり振り降ろす。ベリベリッ! という異音と共に、ムギノの背中からメロンパン色の生物が剥がれた。
「メロンパーン!(鳴き声)」
「な、何だこいつは!」
「メロンパンみてぇな色してやがる!」
「ウリハラさん。私は正直、あなたをバカにしていた。メロンパンの妖怪など、存在しないと。ですが、訂正させてください。こいつは……れっきとした、メロンパンの妖怪です」
「メ、メロンパン……」
メロンパンの妖怪は悔しそうにうめく。
人に害を成す妖怪を許すわけにはいかない。栗林は厳しく問い詰めた。
「何故こんなことをした! お惣菜パン派の彼にメロンパンを食わせ続けるなんて、とんだ拷問じゃないか!」
「拷問ってほどじゃないけどなー」
「メ、メロンパン……メロメロメロンパン……パンメロン……(訳:悪いのはそいつだ。俺は、メロンパンのために……!)」
メロンパンの妖怪の話を要約すると、こうなる。
彼はメロンパンの妖怪として、メロンパンの布教活動に従事してきた。時には、メロンパンのゆるキャラに成りすまし、イベントに参加することもあったという。
しかし、中には頑なにメロンパンを食べようとしない人間もいた。ムギノもその一人だった。
「甘いパン苦手なんだよねー。特に、メロンパン。俺、メロン嫌いだからさー」
イベントでその言葉を聞き、メロンパンの妖怪は怒った。
メロンパンを「甘いパン」とひとくくりにされた苦しみ。メロンパンにはメロンが入っていないのに、「メロンが嫌いだから、メロンパンも嫌い」という理不尽な仕打ち。
メロンパンの妖怪は決意した。
あの不届き者の体を乗っ取り、しこたまメロンパンを食わせようと。そして、メロンパンなしでは生きられない体にしてやると。
以来、メロンパンの妖怪はムギノに取り憑き、彼にメロンパンを食べさせるため、たびたび意識を乗っ取った。より多くのメロンパンを口にすべく、メロンパン専門店のバイトにもなった。
真相を知り、ムギノはバツが悪そうに顔を伏せた。
「わ、悪かったよ。メロンパンにメロンが入っていないなんて知らなかったんだ」
「メロン! パン!(訳:だったら食えよ、メロンパン! 本当に悪いと思ってんならよぉ!)」
「うっ」
メロンパンの妖怪が、ムギノにメロンパンをつきつける。ムギノは恐る恐るメロンパンを受け取り、かぶりついた。
「う……」
「う?」
「うまい!」
ムギノは夢中でメロンパンを完食した。ただの食わず嫌いだったらしい。
「メロンパン、メロンパン(訳:分かりゃいいんだよ、分かりゃ)」
妖怪メロンパンは満足そうに頷くと、スーッと消えた。
その後、ムギノはメロンパンが大好物になった。朝も昼もおやつも夜もメロンパン。体重は二十キロ以上増えた。
今後はサッカー部をやめ、本気でメロンパン専門店への就職を検討しているらしい。
幸せそうなムギノに対し、ウリハラは未だに納得していない。
「栗林さん! 本当にムギノは自由になったんですよね?! もうメロンパンの妖怪とやらには取り憑かれていないんですよね?!」
「そのはずなんですが……これ以上は手の施しようがないですね」
「おのれメロンパンめー!」
ムギノがメロンパン好きになった一方で、ウリハラはメロンパンが大嫌いになった。ウリハラもそのうち、メロンパンの妖怪に体を乗っ取られるのかもしれない。
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